所有路線
標準軌(1435㎜)路線
難波線 大阪上本町~大阪難波駅 2.0km 全線複線、電化(直流1500V)
奈良線 布施~近鉄奈良駅 26.7km 全線複線、電化(直流1500V)
生駒線 王寺~生駒駅 12.4km 東山~萩の台駅、南生駒~生駒駅間は複線、全線電化(1500V)
けいはんな線 長田~学研奈良登美ヶ丘駅 18.8km 全線複線、電化(750V、第三軌条方式)
京都線 京都~大和西大寺駅 34.6km 全線複線、電化(直流1500V)
橿原線 大和西大寺~橿原神宮前駅 23.8km 全線複線、電化(直流1500V)
天理 平端~天理駅 4.5km 全線複線、電化(直流1500V)
田原本線 新王寺~西田原本駅 10.1km 全線複線、電化(直流1500V)
大阪線 大阪上本町~伊勢中川駅 108.9km 大阪上本町~布施駅間(4.1km)は複々線、全線電化(直流1500V)
信貴線 河内山本~信貴山口駅 2.8km 全線単線、電化(直流1500V)
名古屋線 伊勢中川~近鉄名古屋駅 78.8km 全線複線、電化(直流1500V)
湯の山線 近鉄四日市~湯の山温泉駅 15.4km 全線単線、電化(直流1500V)
鈴鹿線 伊勢若松~平田町駅 8.2km 全線単線、電化(直流1500V)
山田線 伊勢中川~宇治山田駅 28.3km 全線複線、電化(直流1500V)
鳥羽線 宇治山田~鳥羽駅 13.2km 全線複線、電化(直流1500V)
志摩線 鳥羽~賢島駅 24.5km 鳥羽~中之郷駅、船津~上之郷駅、志摩磯部~賢島駅間は複線、電化(直流1500V)
※鳥羽線、志摩線をまとめて賢島線と呼ぶことがあります。また、山田線を加えた3路線を伊勢志摩線という呼び方もあります。
狭軌(1067㎜)路線
南大阪線 大阪阿部野橋~橿原神宮前駅 39.7km 全線複線、電化(直流1500V)
道明寺線 道明寺~柏原駅 2.2km 全線単線、電化(直流1500V)
長野線 古市~河内長野駅 12.5km 古市~富田林駅間は複線、電化(直流1500V)
御所線 尺土~近鉄御所駅 5.2km 全線単線、電化(直流1500V)
吉野線 橿原神宮前~吉野駅 25.2km 全線単線、電化(直流1500V)
ケーブルカー路線
生駒鋼索線(生駒ケーブル) 鳥居前~生駒山上駅
西信貴鋼索線(西信貴ケーブル) 信貴山口~高安山駅
ロープウエイ
葛城索道線(葛城山ロープウェイ) 葛城登山口~葛城山上駅

大阪府、奈良県、京都府、三重県、愛知県の2府3県に数多くの路線を持つ大手私鉄で、JRグループを除くと日本の民営鉄道では最長の路線網を持っています。一般的には『近鉄』と呼ばれ、親しまれています。
近鉄の始まりは明治43年に設立された奈良軌道です。大阪と奈良を結ぶ路線を敷設するために設立されました。同年に大阪電気軌道に改称し、難工事であった生駒トンネルを開通させ、現在の奈良線を開業させました。その後、天理や橿原神宮方面へ路線網を拡大させていきました。昭和2年には伊勢を目指すため、参宮急行電鉄を設立。昭和6年に宇治山田駅まで開通させ、大阪から伊勢神宮への日帰り参拝を可能としました。勢いはとどまらず伊勢電気鉄道を合併、関西急行電鉄を設立し、昭和13年には現在の名古屋線が敷設され、名古屋駅まで結びました。
戦時中になると、陸上交通事業調整法により周辺の鉄道会社と合併が行われ、大阪電気軌道は参宮急行電鉄、関西急行電鉄などと統合をし、関西急行鉄道になりました。この時点で1府4県に跨る総延長437kmの路線を有する大きな私鉄になり、昭和18年には大阪鉄道が合併され、現在の路線網の原型が出来上がっていきます。
昭和19年には南海鉄道(南海)と合併を行い、社名を近畿日本鉄道としました。この合併で総延長キロは約630kmにもなり、日本最大の民営鉄道会社となります。しかし、この体制は長く続かず、戦後になると南海の有していた路線は南海電気鉄道へ譲渡され、関西急行鉄道時代の路線網に戻ります。その後、奈良電気鉄道、信貴生駒電鉄などを合併し、昭和40年に現在の路線網が完成しました。列車は特急列車から普通列車まで様々あり、行先もたくさんあります。相互乗入れも近鉄線内の他にも阪神電気鉄道、大阪市営地下鉄、京都市営地下鉄で実施されています。
車輛は特急形車輛、一般車輛、団体専用車輛に大別されます。形式付与についてはたくさんの路線を抱え、編成両数や投入線区の違い、マイナーチェンジが細やかに行われるなどの理由により、細かい区分が行われ、複雑で分かり難い。さらに、これらの系列では外観がほぼ同じに見えるため、鉄道ファンの中でも難解な鉄道会社としても有名です。細やかな系列があるため、列車として単一系列の編成もあれば、複数の系列を連ねた編成もあり、とてもバラエティに富んでいるのも特徴にあります。

近畿日本鉄道の車輛はたくさんあります。下記の文字をクリックしてお進みください。

特急形車輛を見る
このまま、下へスクロールして下さい。

一般形車輛を見る
上の文字をクリックして下さい。

特急形車輛

標準軌線汎用特急形車輛
12200系

12200kei.jpg     12200kei-2.jpg


昭和45年に開催される日本万国博覧会(大阪万博)の開催にあわせて、伊勢、志摩方面に万博来場客を誘致するため鳥羽線の建設が行われます。同時に志摩線の改軌工事を実施。これにより難波、名古屋駅から賢島駅間に直通特急列車が運転される事となりました。輸送量が増加する事から昭和44年に特急形車輛12200系が登場しました。昭和42年に登場した12000系を基本に化粧室配置見直し、スナックコーナー(途中増備車から省略)の拡大、保安度向上が図られました。機器類では将来の120km/h運転を考えたものとし、台車関係では電動車は両抱え式踏面ブレーキ、付随車、制御車をディスクブレーキとする組合せとなっており、以降の近鉄特急の標準となっています。
編成は2両編成、4両編成、6両編成がありましたが、現在は2又は4両編成のみで、単独又は同系、他の形式と併結した姿を見る事が出来ます。

12400系

12400kei.jpg     12400kei-2.jpg


「新ビスタカー」こと10100系の老朽化による廃車が始まり、この廃車となる分の代替を目的として昭和52年に登場したのがこの12400系です。当初は12200系の増備車として製作される予定でした。製作途中に次期新型特急車輛(30000系)の計画があり、先行開発を兼ねてこの計画の一部を採用しました。12200系としてお役所に届け出を出しましたが、変更点が多いので形式称号の変更を指導され、届け出の翌日に12400系となり、12200系と名乗っていたのは書類上の1日だけであった。というエピソードがあります。
12200系を基本としつつ、細部の形状変更が見られます。前面では紺色塗装の割合が変更されています。また、4両編成として設計されているため、乗降扉の適正な配置を行っているのも特徴の一つです。
客室は全体を太陽のように明るいイメージとしており、白とオレンジ系の色調にしています。これをサニートーンと言い、「サニーカー」の愛称が付けられています。

12410系

12410kei.jpg


昭和55年に登場した系列で、12400系を3両編成の仕様とし、名阪甲特急(ノンストップ)用として製作されました。東海道新幹線に利用客が流れてしまい、2両編成での運行を行っていましたが、国鉄の運賃や料金値上げが影響し、利用者が増えたため3両編成が必要となったためです。4両編成とする事を見越して設計されており、4両編成で登場した第5編成を除いて、昭和59年に第1~第4編成も4両編成化されています。
3両編成であったため、パンタグラフが電動車同士で隣り合う事から、伊勢方に1基ずつの搭載となっています。4両編成になった際に1基増設できるようにしていますが、4両編成になった現在も1基のままとなっています。

12600系

12600kei-2.jpg


京都線、橿原線で活躍していた吊り掛け駆動方式の特急形車輛18000系の老朽化に伴う廃車の代替として昭和57年に登場した系列です。12410系の改良型であり、当初より4両編成で登場しています。なお、12600系は10100系や12000系を基本とした車輛デザインの最後の系列で、以降の車輛デザインは21000系「アーバンライナー」を基本としています。
12410系との変更箇所はトイレ位置の変更です。12200系と同数の部屋数に戻しています。配置が変更となり、定員の増減はありますが、編成全体での定員数は12400系、12410系と同じとなっています。また、編成全体の重量バランスを見直し、機器配置を変更しています。

15200系

15200kei.jpg


団体専用の車輛として古くから専用の車輛を近鉄では用意しており、その車輛は特急形車輛を改造したものです。18200系が改造から15年以上経過し、老朽化や陳腐化が目立ってきた事、運転最高速度が低いなどの理由に置換えをする事となり平成17年に12200系を改造したのがこの15200系です。「新あおぞらⅡ」という愛称が付けられています。4両編成と2両編成それぞれ2本ずつ改造しています。
車内は全車禁煙としているほかは、特急形車輛に準じたものとなっています。リクライニングシート、洋式トイレの設備があります。塗装は白色と水色の2色塗り(一部編成を除く。)となっています。
乗客の数により、2両編成から8両編成の範囲で活躍をしています。

15400系

15400kei.jpg


平成23年に12200系を改造して登場した団体専用車輛です。近鉄グループの旅行会社であるクラブツーリズムのツアー専用車輛となります。
車体塗装はクラブツーリズムがツアーに用いている観光バス「ロイヤルクルーザー四季の華」と同じ、ダークグリーンをベースとしたものとしています。車内は全車禁煙車とし、定員をバスツアーに合わせたものとし、座席を撤去した跡地に荷物置き場を新設、この荷物置き場は模様替えをすればイベントスペースにもなるようになっています。モ15400形では同じ場所に簡易のカウンターを設置しビールサーバーやシンクを備え付けています。床はカーペット敷きで、オーディオ設備も備えています。
愛称名は『かぎろひ』。万葉集でも詠まれ、朝日の美しい空を表す古語が由来となっています。2両編成2本が改造されています。

20000系

20000kei.jpg


初代「あおぞら」号こと、20100系の老朽化に伴い、平成2年に登場した団体専用車輛です。愛称は「」と命名されています。この「楽:RAKU」とは設計のコンセプトとしたRomantic Journey、Artistic Sophistication、Kind Hospitality、Unbelievable!を略したものです。この他に、2階建て車輛も組み込まれており「ビスタカー」の愛称もあります。
車体は車輛限界一杯に設計されており、在来の2階建て車輛と比較して通路部分の屋根を高くし、圧迫感を無くしているのが特徴です。客室窓は大きな曲面ガラスを使用し、開放感あるものとしています。
編成は4両編成で、先頭車(制御車)は2階建て車輛(ダブルデッカー)、中間車(電動車)は高床構造(ハイデッカー)となっています。ダブルデッカーは1階と2階を2ヶ所の階段で結んでおり、乗務員室側を螺旋階段としています。運転席後方を階段状の前面展望席とし、車端部には6名分のソファーが配置されたサロンコーナーがあります。展望席は固定式クロスシートですが、一般客室の座席は転換式クロスシートが配置されています。ダブルデッカーの2階、ハイデッカー車の座席の通路側にはT-berと呼ばれる簡易補助席が設置されています。この他、カラオケ機器や幹事用案内放送マイクの設備があります。

22000系

22000kei.jpg     22000kei-2.jpg


汎用特急形車輛として活躍をしてきた10400系及び11400系「エースカー」の老朽化に伴う置換えを目的に平成4年に登場した系列です。21000系や26000系でつくられた高品質のデザインを継承し、フルモデルチェンジ仕様となりました。バリアフリー対応、プラグドア式乗降扉、VVVFインバータ制御方式、ボルスタレス台車など数多くの新機軸を採用し、従来の特急形車輛とは一線を画すものとなっているのが最大の特徴です。
車輛には愛称が付けられ『ACE』と言い、読み方は「エー・シー・イー」又はその綴りから「エース」と呼ばれています。一般的には後述の22600系及び16600系の愛称が「Ace」で「エース」と呼ぶことから、本系列及び16400系を「エー・シー・イー」と呼びます。
この「ACE」はadvanced(一歩進んだ)、comfort(快適な)又はcommon(全線対応型の)、easy-operation(扱い易い)、express(特急)の頭文字から付けられているものです。
車体は断面が卵形で、車体は屋根の半径を小さくして構体を高くしており、在来車と比べると大きく見えます。(写真右参照)12200系など在来特急形車輛との併結も可能な貫通式を採用。運転台には大型曲面ガラスを採用し、凹凸の少ない丸みを帯びたデザインとなっています。また、汎用特急形車輛に見られた特急マークは無くなり、向かって左側に行先表示器が設置されています。
制御方式は近鉄特急形車輛では初めてのVVVFインバータ制御方式を採用。減速をする事が少ない特急形車輛ではVVVFインバータ制御方式を採用しても省エネルギー面で大きく有利にはなりませんが、今後の標準システムになる事、メンテナンス性に優れている事から採用に至りました。ブレーキシステムは回生ブレーキ併用電気指令式電磁直通空気ブレーキを採用しており、併結時に他系列で使用しているブレーキシステムにも対応できるようにブレーキ読替装置が搭載されています。
車内は21000系のデザインを基本としています。4両編成に連結されるモ22200形式には近鉄では初めてとなるバリアフリー設備として、車椅子対応座席及び車椅子対応トイレが設置されています。

22000kei-3.jpg


写真はリニューアル工事を受けた車輛で、品格の高さとスピード感を表現したクリスタルホワイトをベースにブライトイエローを上下に、窓下に金色の帯を巻いた塗装に変更しました。塗装変更だけではなく、22600系に定員を合せる工事や諸設備の改良、改善が行われています。前部標識灯もLED化されています。

22600系

22600kei.jpg


この22600系は22000系のモデルチェンジ車として、次世代の汎用特急形車輛として平成21年に登場しました。老朽化の進む12200系「新スナックカー」の後継車として、また登場から17年ほど経過した22000系を全面的に改良しています。ただし、システムやインテリアデザインは21020系「アーバンライナーnext」を基本とし、時代のニーズに応じた改良を施しています。車輛の愛称は『Ace』(エース)。22000系の「ACE」と10400系、11400系の愛称「エースカー(増解結が容易な事から、切り札として用いられるトランプのエースに由来。)」を継承しています。
車体は22000系をベースにさらに丸みをつけ、流線形に近づけたデザインです。車体色は近鉄特急形車輛のイメージでもあるオレンジ地に側面窓周りを青色、前面窓周りを黒色としています。なお、この伝統でもあるオレンジ色と青色の特急色は塗装変更が行われるため、もうすぐ過去帳入りとなる予定です。
車内は21020系をベースに座席背面テーブル、コンセントなどの設置などさらに良くしたものとしています。この他、車内は禁煙ですが、喫煙室が設置されています。
編成は2両編成と4両編成があります。同系同士のほかに他の系列と併結して活躍する姿が見られます。

22600kei-2.jpg


写真は平成28年より行われている近鉄新特急色になった車輛です。22000系のリニューアル車に準じた塗装変更が行われています。

標準軌線用特別仕様特急形車輛
30000系

30000kei-1.jpg     30000kei-2.jpg


昭和53年に登場した特急形車輛です。10100系「新ビスタカー」の老朽化に伴う後継車輛として設計されました。日本の鉄道では国鉄100系新幹線電車が登場するまで、唯一の鉄道車輛で2階建て車輛を組み込んで運行していた近鉄特急「ビスタカー」の三代目に当たります。名称は登場時は「ニュービスタカー」と命名されていましたが、10100系が「新ビスタカー」であるため、意味が同じである事から「ビスタカーⅢ世」で呼ばれるようになりました。
伊勢志摩地方の観光特急としてデビュー。運用の都合でその他の特急列車でも活躍。昭和63年に登場した21000系「アーバンライナー」までの間、近鉄を代表する車輛であり、近鉄特急のスターでした。

30000kei-30114.jpg


30000系の最大の特徴は中間に連結されている2両の二階建て車輛です。当初は定員などの理由からハイデッカー車が計画されていたそうです。設計にあたっては2階席を重視しており、10100系よりも解放感あるデザインとしています。このため1階席は高さがやや低く、通り抜けの出来ないセミコンパートメント調としています。
21000系「アーバンライナー」が登場し、さらに平成に入り次々と新型特急形車輛が登場し、設備面などに見劣りが出てきた事、また登場から約17年経過していることから平成8年より大幅なリニューアル工事が実施される事になりました。
リニューアル後の愛称は「Vista(ビスタ) EX」としました。このEXは・Expectant(期待の)・Exciting(興奮する)・Excellent(優秀な)・Exceed(凌駕する)・Expansive(広々とした)の接頭語です。
両端の制御電動車(モ30200形及びモ30250形)では、主なリニューアル工事として機器の更新(発生品の交換)、パンタグラフの1基化などが行われました。パンタグラフの撤去によりランボードの長さをそのままとした車輛と、長さを変更した車輛があります。中間車となる二階建て車輛は大掛かりなものとなり、二階部分を新製して天井と床部分をかさ上げしました。側面窓は小窓が連続してあったものを大型曲面ガラスに変更しました。車内座席も22000系に似た座席に変更、乗降口のエントランスホールは空間の広さを強調したデザインが採用されました。
平成22年より再度、全編成に車体更新が行われました。車内のインテリアテーマを「海」とし、航海に出る時の期待感、躍動感を表現しました。二階建て車輛の一階部分はグループ専用席とされ、3~5名が同一行程で利用できます。座席はヨットのキャビンをイメージしたものに変更されています。この他の座席も変更されています。この座席にはメッセージが入った柄となっており、「LIMITED EXPRESS VISTA CAR BON VOYAGE」と書かれています。BON VOYAGEとはごきげんよう!や道中ご無事で!という旅行や冒険に使われる挨拶の意味で、楽しいイメージを連想させてくれます。

30000kein-zenmen.jpg     30000kein-sokumen.jpg


平成28年より始まった汎用特急形車輛の塗装変更は22000系より開始され、30000系もその対象となりました。先頭車の塗り分けは先に施された12410系に準じたものとなっています。変化として、前面にあった「Vista EX」のエンブレムが撤去されています。

30000kein-2f.jpg


ダブルデッカー車の中間車は独特の塗り分けが施されています。車内設備では喫煙室の設置工事が行われており、側面窓の封鎖工事が行われています。

21000系

21000kei.jpg


近鉄難波(現:大阪難波)~近鉄名古屋駅間の名阪ノンストップ特急列車の専用車輛として昭和63年に登場しました。利用客を増やすため、革新的なデザインの採用など従来の近鉄特急と比べると大きくイメージを変えました。
大阪と名古屋を結ぶ名阪特急は、国鉄よりも安定した需要を維持していましたが、昭和39年に開業した東海道新幹線により、時間のかかる近鉄は敬遠されてしまい、しばらく低迷をする事になります。1970年代後半に入ると国鉄の値上げにより、利用者が再び戻ってきました。
近鉄の特急車輛は当時、10年ごとにフルモデルチェンジを行っていました。昭和53年に30000系「ビスタカーⅢ世」が登場し、10年が経過する1980年代後半に次世代車輛の計画では、利用客の増加が著しい名阪ノンストップ特急に新型車輛投入を決定し、この21000系が登場する事になりました。愛称は『アーバンライナー』と命名されました。現在は更新工事を受け、愛称を『アーバンライナーpuls』と変更しています。
21000系の特徴はその車体形状です。スピード感を表現するための独特のフォルムで、当時はこのスタイルが類するものも無かったため、オリジナリティ溢れるデザインとして高い評価を得ました。塗装も従来の近鉄特急のオレンジと青色とは全く異なったものとなり、ライトでピュアなイメージを表現するため、クリスタルホワイトをベースにフレッシュオレンジの帯を配したものとなりました。
車内は普通車を「レギュラー」、運賃、特急料金のほかに特別車輛料金を必要とする特別車を「デラックスカー」と命名し、利用者にも解り易いものとなっています。座席配置はレギュラーが2+2列、デラックスが1+2列となっています。
近鉄特急の看板列車として活躍してきた21000系も登場から15年ほどが経過した平成15年に更新工事が実施されました。実施にあたっては、利用者のアンケート調査を実施し、ニーズにこたえる形で行われました。
更新工事を行っている間の車輛数を確保するため、21020系を製造しています。まず、この21020系に調査結果を反映させ、21000系も準じた内容の改造が行われています。この更新工事で全車禁煙となり、分煙をする必要が無くなった事からデラックスカーは1両のみとなっています。(喫煙室の設置)また、当初は無かったバリアフリー設備の採用、車内販売中止に伴う、車内販売準備室の廃止などが行われました。(車内販売はその後復活となり、、喫煙室を転用し車内販売準備室とする改造が行われています。)

21020系

21020kei.jpg


21000系「アーバンライナー」が登場から15年近く経過し、更新工事を実施する事となりました。その際、入場して不足となる車輛を確保する目的からこの21020系を平成14年に6両編成2本が製作しました。
21000系は近鉄の看板特急列車であり、卓越したデザインは15年近く経過してもまだ通用するものでしたが、サービス面では高品質なサービスを維持するためには、時代の変化にやや見劣りが否めなくなっていました。利用者にアンケート調査を実施したところ、バリアフリー及び受動喫煙対策など社会の変化に対応した更新工事が必要であると判明し、これらの対策を盛り込んだ更新工事が実施されています。
21020系はその調査結果を採り入れた車輛で、客室は全席禁煙、喫煙スペースを設置、女性用トイレ及び車椅子対応トイレの設置など新機軸が盛り込まれています。愛称は次世代に向けてのアーバンライナーの進化型という意味を込めて『アーバンライナーnext』と付けられました。
車体デザインは、21000系のイメージを引き継ぐため、ラウンドスタイルとくさび形を組み合わせた流線形ですが、アーバンライナーの進化形である事、軽快感を出すため、正面窓の上下を黒色とし、両面に窪みをつけて直線的なデザインの21000系と比べ柔らかい印象としました。これは、「関西らしい穏やかさと愛嬌のある顔つき」にデザインしたもので、ファニーフェイス(とぼけた顔つき)と言います。
車輛性能は、IGBT素子を用いたVVVFインバータ制御方式で、全電動車方式の21000系とは異なり、3M3T編成となっています。

23000系

23000kei-yello.jpg     23000kei-red.jpg


伊勢志摩ライナー』の愛称を持つ特急形車輛です。平成6年に三重県志摩郡磯部町(現:志摩市磯部町)に誕生した複合リゾート施設志摩スペイン村へのアクセス特急として設計されたもので平成5年より、6両編成6本が製造されました。近鉄名古屋、大阪難波(一部は大阪上本町)、京都の各駅と賢島又は鳥羽駅を結んでいます。
車体は先頭部を21000系のイメージとなる流線形、車体断面及び構造を22000系「ACE」としています。
伊勢志摩のシンボルとなる特急列車を目指すため、車内設備はレギュラー(普通席)、デラックスとあり、もう一つ本系列オリジナルのサロンの3種類で構成されています。

23000kei-mo23200-2.jpg


このサロンカーはグループ向けのセミコンパートメント車で、通路を挟んで2人用(ツインシート)と4人用(サロンシート)があり、座席の背中合わせ部分に荷物置き場が設置されています。外観では上の写真のように他車よりも大きな側面窓を使用しています。
登場から約18年が経過した平成24年より全編成の車体更新を実施しました。塗装色は伊勢志摩の太陽と陽射しを表現したものとし、6編成のうち3編成を太陽をイメージしたサンシャインレッド、残りの編成を陽射しをイメージしたサンシャインイエローとしています。更新工事では、全席禁煙としたもので、喫煙室の設置が行われています。エクステリアカラーの変更やトイレ関係の設備変更などが行われています。

50000系

50000kei.jpg


平成26年に登場した特急形車輛です。志摩に吹く風の爽やかさと、車内で過ごす時間の心地よさを表した『しまかぜ』という愛称がつけられています。
従来の近鉄特急列車は固定編成であってもレギュラーシート(普通席)が設定されており、汎用特急列車と比較しても設備面では大きな差がありませんでした。このため、車輛の都合による車種の差し替えも見られました。この「しまかぜ」は観光特急専用車輛として特化した構成としているのが特徴です。全席に特急料金とは別に「しまかぜ」特別料金が設定されているほか、設備面も従来車とは全く異なっており、定員数も既存特急列車の半分程度となっています。このため、「しまかぜ」の運用のみとなっています。この他、形式は在来の特急形車輛から一新する意味を込めて番号が大きく飛び、50000系としました。
近鉄電車として様々な所に違いが見られます。車体は普通鋼製と近鉄特急車輛と同じものですが、前部標識灯は運転台下部に設置。これは、伝統的に運転台上部に設置してきた流れからは特異なデザインとなっています。多面構成とした特徴ある鋭い感じの全面。中央部のガラスは非常用扉で扉は跳ね上がり式です。
塗装はクリスタルホワイトと「伊勢志摩の晴れやかな空」をイメージしたファインブルーを組み合わせ、境界に上級を表す金帯が配された、爽やかなものとなっています。機器類は21020系「アーバンライナーnext」に準じたVVVFインバータ制御方式、回生ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキとなっています。
編成は賢島方よりク50600形+モ50500形+サ50400形+モ50300形+モ50200形+ク50100形の6両編成。それぞれを簡単に紹介しましょう。
プレミアムシート(ク50600形・50100形・モ50200形・モ50500形)

50000kei-ku50600gata.jpg     50000kei-mo50500gata.jpg


座席配置は2+1列、座席に本革を使用し、ふくらはぎを支える電動レッグレストを装備。(座席の向かい合わせ時は使用出来ない。)また、鉄道車輛では初めて背もたれにエアクッションを設け、腰部の硬さを調節できるランバーサポート機能、リラクゼーション機能を備えています。シートピッチは1250㎜で、JRの一般的なグリーン車よりも広く、最高級のグランクラスに迫る居住空間となっています。
両端の先頭車(写真左はク50600形)はハイデッカー構造で、平床よりも720㎜高く、ダブルデッカーの2階席に近い眺望を確保しています。運転台直後に乗降扉は無く、展望性を重視した客室となっています。平屋となる中間車(写真右はモ50500形)は客室には車椅子用座席(モ505000形のみ)があります。設備には多目的トイレ、洗面所、パウダールームがあります。
グループ専用車輛(モ50300形)

50000kei-mo50300gata.jpg


車輛の中央に乗降扉があり、サロン席と個室に区分されます。サロン席は欧州の客車を思わせるコンパートメントで、ガラスの簡易仕切りがあり、座席の中央に大型テーブルが配されています。3席あり、4人から発売され、最大6名まで1席を使用出来ます。
個室は、靴を脱いでくつろげる掘り炬燵風の和室、リビングのようにゆったりできる洋風の個室が各1室設置されています。それぞれ定員は4名(3名から発売)です。和室は床の間をイメージ。入口には玄関スペースがあり、下駄箱が設置されています。足元の冷えに対応するためフットヒーターも用意されています。洋室はL字形に座席が配置され、車窓を正面から見る事が出来ます。鏡、小テーブル、スツール(ひじ掛けの無い椅子)の設備があります。
カフェ車輛(サ50400形)

50000kei-sa50400gata.jpg


ダブルデッカー構造となっている車輛で、1階、2階共にカフェ室で全てフリースペースとなっており、座席の指定はありません。海側に平屋の通路があり、階段を上下せずに通り抜ける事も出来ます。2階は13席あり、独特の形をしたテーブルが伊勢湾側の窓に配置されており、海を眺めながら飲食が出来ます。背面の通路側は吹き抜けで解放感があります。1階はソファタイプの席が6席あり、グループ向けの利用が出来ます。

南大阪線用(狭軌用)特急形車輛
16000系

16000kei.jpg


南大阪線、吉野線向けとして設計された最初の特急形車輛で昭和40年に登場しました。昭和22年に有料特急列車を開始し、名阪特急(名古屋と大阪を結ぶ特急列車)を基軸に整備をしてきましたが、昭和39年の東海道新幹線開業で大きな方向転換を余儀なくされます。新幹線開業以前は名阪特急から自社線を連絡するという構図でしたが、これを新幹線で名古屋、京都、大阪に来た人々を自社線に点在する観光地へ誘致し、輸送需要の喚起にしようと試みたのです。
その狙いは大当たりで、京都発着特急列車は奈良、橿原神宮方面は1時間ごとに運転する程になりました。一方、名阪特急の利用者は激減し壊滅寸前まで追い込まれる事になりました。自社の特急列車を新幹線接続の形にとり、再編を進める事になりました。橿原線に接続する南大阪線、吉野線についても有料特急列車の定期運行が強く望まれるようになります。
軌間の異なる狭軌線の南大阪線、吉野線系統では独自に一般形車輛を用いた快速「かもしか」号を設定など、大阪阿部野橋と吉野間を直通する優等列車の運行を模索していました。そこで、接続駅となる橿原神宮前駅、大和八木駅とそれぞれの接続を利用して南大阪地区からの観光客を京都、奈良、伊勢へ誘致する定期有料特急(吉野特急)が新設される事になり、この16000系が設計されました。
下廻りは当時量産されていた6900系(後の6000系)の主電動機を用い、専用の台車や制御器を組み合わせたもので、車体は11400系「新エースカー」をベースに狭軌線用にしたものとなっています。
初期編成は一部が大井川鐵道へ譲渡されたほか、廃車が行われています。

16400系

16400kei.jpg


老朽化の進む16000系を置換えるために平成8年に登場した特急形車輛です。2両編成2本がつくられました。標準軌線向けの22000系の狭軌線仕様となります。
2両編成での運用が多いため、一部制御回路が変更されており、全電動車方式ではなく1M1T編成となっています。車内も同じく、中間車を組み入れない事から一部異なっています。

26000系

26000kei.jpg


さくらライナー』の愛称を持つ特急形車輛で、平成2年に登場しました。大阪阿部野橋と吉野を結ぶ吉野特急が運転開始25周年を迎えるにあたって設計されたものです。標準軌線用の21000系「アーバンライナー」をベースに飛鳥、吉野路を走行する観光的要素を加えリファインしています。
26000系の大きな特徴は車輛構造や技術面で過渡期の特急形車輛であるため、新旧の構造や機能が混ざっています。ひじ掛けを内蔵した座席、前部標識灯の4灯化など今後の標準となるものが採用されている一方、抵抗制御方式、折り戸式乗降扉など特急形車輛としては本系列を持って採用が終了となった装備が多くあり、ちょっぴり中途半端な存在ですが、16000系や16010系が旧態依然の回転式クロスシートであり、デッキも無い設備からすると、26000系は吉野特急の品質を大きく向上させた事は言うまでもありません。
登場から20年以上経過した平成23年よりリニューアル工事が行われました。この工事では観光特急としての特色をさらに押し出し、吉野らしさを表現しています。
車体色は登場時は白色を基調に窓周りを薄墨色(灰色)とし、雲海に煙る吉野山のイメージを萌黄色の濃淡5色によるグラデーションとしていましたが、更新後は白色を基調に吉野の桜をイメージしたピンク色に変更されています。
車内は普通車(レギュラーシート)のみの構成から、1両をデラックスカーに変更。「MADE IN YOSHINO」をテーマにデザイン。荷棚には吉野産ヒノキ、照明カバーの内側に吉野産漉き和紙、仕切り扉のガラス内部に吉野産杉を用いた網代組みを使用しています。座席も1+2列配置とし、座席をゆりかご型リクライニングシートに交換しています。
この他、両端先頭車の運転台後部にデッキが設置され、フリー展望スペースとなっています。これにより、座席に座ったままの前面展望は出来なくなっています。また、バリアフリー対応も行われており、車椅子対応座席の設置、既存のトイレを車椅子対応大型トイレに改修するなど変更点がいくつかあります。

モト90形

moto90gata.jpg


無蓋電動貨車と呼ばれる事業用車の1形式です。貨物や車輛部品などの輸送や車輛の回送に使用されています。
このモト90形の誕生は第二次世界大戦後で、当時大阪線では参宮急行電鉄、大阪電気軌道からの無蓋電動貨車が使用されていました。17m級の当時の私鉄向け車輛では最大級の大きさでしたが、大阪線阿保駅(現:青山町駅)以東で運用するために必要な「抑速発電ブレーキ」を装備していませんでした。戦後復興の輸送需要が激増する中、電動貨車も全線で運用が可能になるよう求められました。
そこで、在来車をベースとして抑速発電ブレーキを装備した電動貨車がつくられる事となり、昭和22年にモト2711形が登場し、3両製作されました。(モト2711~2713)両端に乗務員室を設置し、その間を平坦な荷台(無蓋)としています。荷台部分の垂下防止対策(反り返り防止)のため、両側面床下にトラス棒を装備しています。
昭和38年に形式称号改正が行われ、車輛番号に変更はありませんでしたが、形式をモト2710形に変更しました。その後、大阪線向けに新型車輛が多く投入され、形式の整理が実施され、昭和45年にモト90形(94~96)に変更されました。
3両のうち、モト95が昭和59年に廃車となり、モト94、モト96の2両が残りました。残った2両は狭軌である養老線車輛の塩浜検修車庫での定期検査用の動力車として使用される事になりました。養老線は狭軌であり、桑名駅から車庫までは標準軌用の仮台車に交換してしまうため自走が出来ません。そこで、この2両が牽引用専属車輛として選ばれたのです。この際、車輛の老朽化が著しく、車体を新製してそっくり交換しています。荷台からはあおり戸が撤去され、台車を搭載するため狭軌、標準軌の幅でレールが4本敷かれました。
その後、吊り掛け駆動方式、自動空気ブレーキという旧型車輛の養老線に、新性能電車が転用され高性能化が行われると、モト90形2両もブレーキ装置の変更など対応する工事が行われています。
養老線は現在、養老鉄道養老線となっていますが、同線の車輛の定期検査実施場所は変わらず、この2両が活躍を続けています。

18400系

18400kei.jpg


東海道新幹線開業により大阪と名古屋を結ぶ名阪特急の利用者は減少しましたが、京都、名古屋を起点とし奈良や伊勢志摩方面への利用者は増加傾向にあり、京都から伊勢志摩に向かう直通列車が必要となった事から18200系が昭和41年につくられました。当時、京都線、橿原線は車輛限界が大阪線などと比べると小さいのが特徴です。
この18200系の増備車として昭和45年に18400系が登場しました。
18200系と同じく、京都、橿原線の車輛限界にあわせた狭小車で設計されましたが、京都線の車輛限界拡大工事は終了。橿原線も曲線緩和工事などが終了していた事から、当時の許容しうる大きさ一杯で設計されており、18200系よりも少し多くなっています。
基本的なデザインは大阪線や名古屋線の特急車輛である12200系スナックカーに準じたものとしており、ミニスナックカーと呼ばれていました。2両編成10編成が製作され、18401~18408編成はスナックコーナー、18409、18410編成はスナックコーナーが車内販売準備室に変更されているなどの違いがあります。(後年、スナックコーナーは撤去され車内販売準備室に変更しました。)
平成12年まで営業運転で活躍し、団体専用車に転用された1編成を残して廃車となっています。その1編成も平成25年まで活躍し、引退をしています。

特急形車輛などは楽しんで頂けたでしょうか。
一般形車輛を続いてご覧になる方は、下記の文字をクリックして下さい。

近畿日本鉄道の一般形車輛を見る