なつかしい企業名など
第一家電・・・秋葉原に大きな看板があったなぁ。

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三菱電機・・・現在でも世界に名が知られる電機メーカーです。昭和の看板は三菱グループの共通であるスリーダイアモンドマークでした。現在はこのマークに「MITSUBISHI ELECTRIC」の文字が添えられています。(P:Tuboフォトオフィス様)

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ナショナル・・・現在のパナソニック電工です。始まりは松下電器で、後に松下電工となり、商品のブランド名に「ナショナル」が誕生しました。(左及び中央 P:Tuboフォトオフィス様)

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東芝・・・鉄道車輛でもおなじみのメーカーですね。旧マークで、現在でも鉄道車輛でも見る事が出来ますよ。(P:Tuboフォトオフィス様)

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サンヨー・・・山洋電機で、現在はパナソニックの子会社となっています。扇風機などでロゴマークをどこかで見たような。

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農協・・・農業協同組合で、現在は「JA」の愛称で呼ばれていますね。写真は昔のロゴマークです。

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出光のマーク・・・出光興産、石油元売り会社としても有名ですね。この会社のロゴマークである「アポロマーク」。ギリシャ神話に出てくる、アポロン(全知全能の神、ゼウスの息子)をモデルにしたもの。昔からあるが、子供の頃はちょっぴり怖いイラストでした。時折、見かけますがマークの背景が時代によって多少違うみたいですね。

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共同石油・・・略して共石と呼ばれていました。現在はジャパンエナジーとなり、JOMO(ジョモ)とも呼ばれています。

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三菱石油・・・現在もあるのですが、合併により新日本石油となり、ENEOS(エネオス)の名前として知られています。写真は自動車レースのポスターです。レーシングカーが懐かしいですね。この手のポスターは何故か、外人さんがモデルになっている。

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日本航空・・・日本のフラッグ・キャリアとして知られる会社です。設立後、写真の「鶴丸」というイラストが描かれていました。その後、平成14年に新しいマークに変わり消滅しました。そして、平成22年に経営破たん。翌年に、原点回帰の意味を込めて再び「鶴丸」が復活しています。復活したものは翼の切れ込みが深く、JALの文字も太字となっており、写真とは少し異なります。

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NEC・・・日本電気というのが正確な会社名。でも「NEC」の愛称で今も親しまれています。懐かしい看板です。パーソナルコンピューターですね。NECのパソコンといえば、PC-9800形シリーズですね。この頃のパソコンは8インチフロッピーという、20㎝位のペラペラなフロッピーディスクで、その後、時折現役で活躍中のしっかりした3.5インチサイズになっていました。スイッチを入れて、フロッピーを挿入。ガコガコ・・・ジージー・・・という動作音が懐かしい。フロッピーディスクは雑に扱ってしまう事もあるため、よく読み取り不能になってあたふたしましたね。右の呼び名も懐かしいですね。「テレホンショップ」、今ではどこでも見かけるけど、当時はそんなに見かけませんでした。(P:Tuboフォトオフィス様)

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ござーる♪

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1990年代に流行ったNECの販売促進キャンペーンのキャラクターです。キャラクターの名前は「バザール・デ・ゴザール」というお猿さん。旧ザイール(コンゴ民主共和国)出身で日本文化を勉強するために来日。大好きなものはバナナ。おっちょこちょいでさみしがり、語尾に「ござーる」が付くそうです。家族もいます。同時期、富士通のタッチおじさんと共に流行りましたね。現在も販売促進キャラクターとして活躍をしています。
富士フィルム「写ルンです」・・・昭和末期に登場した使い捨てカメラ。全部撮ってから、本当に捨ててしまった。という逸話やコマが残っていて、後で使おうとそのままになって何処かにいってしまった。なんて覚えがあります。思い出として、プロカメラマンとのトークショウで流し撮りも出来るよ。とか聞いて、早速やってみたけど全部ダメだった。なんてのがあります。また、お年寄りにこのカメラを言わせると・・・。写真のカメラは二代目あたりのようですね。

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補聴器・・・昭和の補聴器ですねぇ。技術的にコンパクト化は難しいのは仕方がありません。そこで、見た目を考えていますね。左はラジオタイプでしょうか。右は色でわからなくしたタイプなのでしょう。

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花王石鹸・・・これはまたえらく古いものですよ。右の行から読むのです。昭和30年代頃のものなのでしょうか。

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キャバレー・・・1970年代に流行った、ホステスが客を接待する飲食店だ。もともとはフランスで発達した、舞台(ダンスホール)のある酒場を言います。店前には呼び込みがいて、お店の入口には「明朗会計」という文字がでっかくあったような。その後、性行為をサービスする店が派生し、現在はキャバレーはキャバクラ、性行為を提供する店はピンサロといった形態に進化しているそうです。そういえば、一部ホステスの事を「あばずれ」と呼んでいたような。映画やドラマで聞いたような。「あばずれ」とは阿婆擦れと書き、人擦れして品行の悪い、厚かましい女性を言う。江戸時代に生まれた言葉だ。今でも、時折使われるみたい。解り易く言えば、誰とでも性行為をするお尻の軽い女性を指す言葉になっているみたいですね。

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ほのぼの・・・昭和の看板などで、薬のようなものでおばあちゃんがモデルになっているものが多いですよね。現在は衣装などもしっかり考えられていますが、普段着っぽいのが昭和ですね。なんか、ほっこりしてしまいます。家中みんなで使った薬と言えば、「赤チン」もありました。今でもあるのかな。

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パイオニア・・・音響機器のメーカーとして有名な会社ですね。レコードを聞く際に再生機やスピーカーなどでよく耳にしました。

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百年プリント・・・サクラカラーとしても知られ、コニカというカメラ、フィルムメーカーのブランドです。当時は、富士フィルム、コニカ、コダックが主流だったような。それぞれ、特徴があり、こだわりもカメラと同じ位ありました。現像代が結構したので大変だったなぁ。一方で、白黒フィルムにこだわる人もいました。この百年プリントを見た時、百年って言っても生きてるわけないよなぁ。と思ったのは私だけでしょうか。

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サイコー!!・・・看板を見せて頂いた瞬間、昭和の看板だ!とすぐにわかりました。プラスチックをうち、文字部分を立体的に成形するタイプは最近はあまり見られなくなったような気がします。(P:Tuboフォトオフィス様)

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懐かしい国名だ。・・・町には色々な看板があります。何となく見たら・・・西ドイツ?一瞬??となりました。ああ、東ドイツだったらなぁ。

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懐かしいマーク・・・ソニーの懐かしいマークです。音楽関係だったような気もします。確か、見た目から宇宙人マークとか言っていたような。

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どんなものだったかな?・・・床屋さんにあったものです。殺菌灯と言えば、青い色の怪しげな光を放つイメージがあります。床屋さんにそんなものがあったかなぁ。

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調べたら意外な事実!・・・今ではあまり見なくなりましたが、世界でも有名なビクター。蓄音機を覗き込む犬。みんなは何て呼んでいたでしょうか?マワ車は「ビクターくん」と呼んでいました。調べてみると、このワンちゃんは「ニッパー」という名前で1884年生まれ。飼い主は画家のマークさん。1887年にマークさんが死去。弟の同じく画家のフランシスさんがニッパーを引き取りました。その後、亡き飼い主マークさんの声が聞こえる蓄音機を不思議そうに覗き込むニッパーを描いたそうです。音が聞こえるから、覗き込んでいるのかな。と思ったら、こんな悲しい話があったんですね。(P:Tuboフォトオフィス様)

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ジではなく、ヂが正しい。・・・自動車好きの方なら知っている、今ではタイヤで有名なブリヂストン。かつてはガス事業もあったのですね。調べてみると、昭和35年にブリヂストン液化ガス株式会社が設立。昭和41年に三井物産と資本提携をし、昭和56年に三井液化ガス(旧)に社名が変更された。との事で、この看板はその変更前のものでしょう。その後、事業の統合がいくつかあり、現在はENEOS(エネオス)グローブ株式会社となっています。ブリジストンではなく、ブリヂストンなのですね。

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なるほど、そういう意味なのですね。・・・懐かしい昭和のテレビの愛称です。1970年代の日立製カラーテレビです。このキドカラーの「キド」とは輝度の事で、カラーテレビの明るさ(輝度)を上げるためにブラウン管内部の蛍光体材料に希土類元素を用いており、この「輝度」と「希土」をもじって名前を付けたそうです。この頃のテレビは真空管からトランジスタ化されて、日立も「ポンパ」君という鳥のマスコットキャラクターを使った売り込みを実施していました。この「ポンパ」は、スイッチをポンと入れたらパッと映るという意味です。マワ車の幼少期、うろ覚えですが確かにすぐ点くものと、ちょっと待たされたものがあったような気がしますね。

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電話関係のもの
どちらかというと、平成のものが多いですがご覧下さい。
懐かしい企業・・・皆さんは今はない会社(統合などで社名変更)がどれだけあるか分かりますか?あと、「ポケベル」懐かしいですね。ポケット・ベルの事で、これのお友達を「ベル友」などとか言いました。また、鳴らないという有名な曲も生まれましたね。マワ車は使わなかったので、よく判りませんでしたが、「要は、首輪と一緒で誰かの飼い犬になっるってことだ。」という先生のお言葉が残っています。

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黒電話・・・破れかけたポスターで見つけました。昭和の家庭にはあった電話です。昭和のドラマでも、室内の電話はほぼこれでしたね。ハイカラなご家庭だと、電話カバーがありました。ドラマではだいたい、電話が鳴るとじゃらじゃらした暖簾から出てきて、電話を取ります。保留機能は当然無く、誤って受話器を戻してしまう事も。(真ん中に縦に置く。)電話の横にオルゴールがあって、受話器を乗せるとメロディーを奏でる。というのもありましたね。

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電話の他に・・・電話の一方、「電報」もありました。現在では結婚式のお祝いなどに使われていますが、電話が普及していない頃、緊急事態の際に使われていました。電話局に連絡をして「チチキトク、スグカエレ、ハハ」といった感じで相手に伝えるものです。(P:羽村工場長

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公衆電話も・・・

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 携帯電話の普及により街中の風景から少しずつ姿を消している公衆電話。写真左は一般的なものです。あるうちに1枚は撮っておくといいのかな。右のような覆いのある公衆電話は見かけなくなりましたねぇ。扉の付いたタイプもありました。そういえば、受話器と本体を結ぶケーブルが昔は渦巻き状で、よく女の子が指を絡ませていた風景が懐かしいですね。

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こちらはほとんど見かけなくなったテレフォンカード専用公衆電話機です。左は千葉県某所で発見、右は新幹線で見つけたものです。

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現在でも散見される「ピンクの電話」。正式名称は「特殊簡易公衆電話」と言います。店舗などの運営者が設置する公衆電話で、固定電話に料金回収機能を付加させた公衆電話です。対応する電話機の多くがピンク色である事からピンク色の電話と呼ばれるようになったそうです。昭和30年代電話が巷に普及する中、繁華街や駅前の公衆電話(赤電話、青電話)が不足し、飲食店や喫茶店では黒電話に料金箱を備え付けた「貸電話」が登場しました。しかし、利用者の不正通話が横行(市外通話)し、店側も電話を貸す事をためらう事態に。そのような中、貸電話を設置していた酒場の女将さんが、不正通話をしないか見張る様子を電電公社の職員が目にして、市外に発信できない電話機(加入者は可能)を発明するきっかけとなり、昭和34年に特殊簡易公衆電話が誕生しました。
 1990年代に入り、ピンク色の電話は次世代タイプへと移行します。「Pてれほん」と呼ばれるようになり、色も白色(写真右)のタイプとなっています。
でんでん・・・

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少々見辛いのですが「日本電信電話公社」の注意書きです。かつての三公社五現業の三公社の一つです。(三公社とは日本電信電話公社、日本専売公社、日本国有鉄道です。)現在の日本電信電話株式会社(NTT)、NTTグループの前身です。「電電公社」と略され、これを聞いてピクッとする方は昭和世代でしょう。
※三公社とは…日本電信電話公社、日本専売公社、日本国有鉄道をいいます。
※五現業とは…郵便事業、国有林野事業、大蔵省印刷局、大蔵省造幣局、アルコール専売の事です。
扱う所・・・電話交換、電話の手続き、電話又は電報の料金徴収、そして電報の受付をしていたものです。かつて、電話は郵便局が電話業務を行っており、電電公社が発足し生まれました。昭和60年に民営化され「NTT」になった後も残っていましたが、平成に入り、支所や営業所に改称されています。

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セルラー・・・現在のKDDI、沖縄セルラー電話、auブランドの前身に存在した会社です。今ではハイカラなデザインが多くありますが、少し前の携帯電話は写真の感じです。携帯電話の最初はショルダータイプでしたね。

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アステル・・・懐かしいPHS事業者である。PHSとは(Personal Handy-phone System)の事で、電話線を用いず、電波による無線通信を利用した電話の事です。料金が安いこともあり、学生の間で普及し、「ピッチ」とも呼ばれましたね。

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使ってはいけません。・・・昭和57年に電電公社が開始したもので、小銭いらずのプリペイドカード「テレホンカード」が誕生しました。これにより、電話機に10円や100円玉を山積みして、話ながら硬貨を投入し続ける姿が消えました。一方、このカードを悪用する者も出てきます。使用済みのカードに新しい磁気情報を加え、再使用するというもので、「偽造テレホンカード」(偽造テレカ)が生まれ、国際電話を使う外国人やポケベルを使う学生が使う事が問題となりました。今は、電話機も限度数以上は受け付けないし、所持をしているだけで法に触れる事になります。

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エレフォン??・・・新しい電話かと思いました。

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作者は出来ない・・・(涙)

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昭和60年に話題となり、現在も細々と続いているのかな。「帰るコール」でお解り頂けると思いますが、夫が仕事を終え、奥様に今から帰るという旨の電話をする事。愛の証ですねぇ。写真はその派生系と思われる意味合いのもので、故郷を離れ、遠くの地で仕事や勉強をする子供から親にかける。というものです。