自動販売機・食べ物などその2
電池の自販機・・・昭和のポータブル機器には電池は必需品でした。ラジカセ、ラジオ、おもちゃなどなど・・・。ストーブは今までマッチで芯に着火していましたが、単1電池2本で自動化。ポワァって点くんですよね。ラジカセ、今でいうミニコンポは肩に載せてズンチャカ、ズンチャカ・・・。竹の子族の必須アイテムでもあったなぁ。そんな生活に欠かせない電池ですが、昼間は電気屋さんで購入可能。夜が大変でした。今のようにコンビニがないので、あきらめるか、自販機の電池を購入します。この電池の自販機、都市伝説的には電池が自販機に電気を取られてしまい、あまり長持ちしない。とかいう話がありました。

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左と中央は日立ゴールド乾電池の自販機。100円硬貨しか使えないのに140円の電池がある。細かいことは気にしない、これが昭和です。右は東芝のキングパワー電池の自販機。昭和の商品に横文字が付くと、何故か高級感のあるものや力強さを表したものが多かった気がする。まあ、横文字を使えば意味は判らなくとも、何か良いんじゃね?といった所でしょうか。マワ車の勤め先みたい。(笑)(P:Tuboフォトオフィス様)

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ノーベル乾電池、乾電池を販売するFDKエナジー株式会社の商品で、現在の富士通乾電池です。なんか頭が良くなりそうな電池です。昔、おじいちゃんが言ってましたね。「人間、生きている時に使うのは自分の頭。死んでから使うのは、イワシの頭。」って。当時、瓶詰の頭だった私にはわからない言葉でした。(P:羽村工場長様)

たばこ・・・子どもの頃、お使いでよくたばこを買いに行きました。呼ばれると200円ほどもらい写真のような自販機で買いましたね。たばこの銘柄は峰、わかば、チェリーなどといったものだったような。時折、小銭が無く岩倉具視=そう500円札が出てくると、うれしかったなぁ。小銭でしか買えないため、駄菓子やアイスを買ってよい。というおまけがついてくるのだ。で、自販機の投入口が高いため、子供では届かない。近くに学習椅子などの転用品があって、これにのって買った覚えがあります。(写真左、中央P:Tuboフォトオフィス様)

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買ってみたかった。・・・広島県で見つけた自販機。「あごだし」というものの専用自販機。あごとは、トビウオの事でこれのだし汁です。うどん等に合いそうですね。買ってみたかったのですが、荷物になってしまうのでやめてしまいました。今度、行った時には買ってみよう。

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生活必需品の自販機・・・現在でも散見される昭和の自販機の一つにちり紙、カミソリ、シャンプーの自販機があります。需要が低い事などの理由のため、稼働率が低いので機械の寿命が長持ちしているのでしょう。ちり紙は安価であるため、紙がとっても固いかものすごく薄いのどちらか。まあ、昭和のトイレットペーパーはわら半紙です。一般的にはせんべいの空き箱に入れられて、薄茶色の紙が入っていました。また、野外で用を足す時は新聞紙か目に入った葉っぱ(これが漆系の葉っぱだと大変な事に。)でしたね。カミソリと言えば、不良少女のドラマなどで「カミソリお雪」などのキャラクターでもありましたが、ただ刃が付いているだけなので、ひょんな事で切ってしまう事もしばしば。また、カミソリで折り畳み式は自殺などで手首を切る。なんていう悲しい使われ方もしていました。シャンプーは写真の自販機は小さなポリボトルタイプですね。確か、泡立ちも余り良くなく、頭にやさしい。とはお世辞にも言えないような感じ。もっとも、昭和は固形石鹸で頭の先から足の先まで洗うのだ。因みに洗濯用石鹸は粉粒体で、ボール紙の厚いもので作られた箱で売られていましたね。中には白またはピンク色の粉(粒)が入っていました。湿気ると大変な事に・・・。(写真中央、右P:Tuboフォトオフィス様)

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イライラ!!・・・人気テレビ番組のゲームが体験できるゲーム機です。撮影した時は使用できませんでした。ああ、やってみたかったのに。今も昔も、人気のあるテレビ番組は子供たちの憧れ。キャラクターのグッズなどが出てきます。今はどんなものがあるのかわかりませんが、当時は日用品となる自転車、文房具などもありましたね。マワ車の時代は仮面ライダーやウルトラマン、女の子はキャンディ・キャンディなどがあったかな。でも、一方であまりお金のかからないもので、刑事ものがありました。「太陽にほえろ」、「大都会」、「西部警察」などなど、銀玉鉄砲を片手に泥んこになって空き地などに秘密基地をつくって遊びました。

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って、自動じゃなきゃダメでしょ。・・・素晴らしい説明。見りゃあわかるだろ。的な機械にはとってつけたような説明が昭和です。手動で30円取られたらたまったものじゃない。上にあるボタンのようなもので動くのかしら。

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キャラクターもの
 町の中には色々なキャラクターが描かれたものを見る事が出来ます。ただ・・かなり際どいものがあったりして・・・
昭和の子供・・・昭和の子供には、今の子供のようにおしゃれな格好は皆無でした。身なりのきちんとしたのは金持ちの子ぐらいで、私たちはせいぜい七五三などの特別な時だけでした。女の子は少しかわいい格好だと「おませさん」などと呼ばれていました。男の子は半ズボンが基本、上着はその季節によって多少の差異はあるが、一年中ランニングシャツという子もいた。また、帽子は野球帽が基本。巨人が多く、続いてヤクルト、大洋ホエールズ、西武ライオンズなどがあり、中には広島東洋カープ、南海、阪神があり、阪急や近鉄バッファローズ、中日ドラゴンズは少なかったような。後は、絆創膏をいつもつけてる子もいた。イラストのような×印の子もいたような気がします。この他、長袖の手首付近は鼻水を拭いて、いつもテカテカに。ガキ大将もいましたね。

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棒人間・・・昭和の人を表すイラストが「棒人間」です。写真はやや太目のタイプですが、ドラマなどで殺人事件が発生し、黒板などに書かれる被害者の絵は某人間でしたね。また、ゲームウオッチに出てくるのも棒人間でした。最近ではパラパラ漫画なんかで見かけますね。(P:Tuboフォトオフィス様)

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なぜ、笑顔?・・・「カットバン、イタ~イノ」。誰だ、傷つけたのは。可哀そうに。昭和の泣き顔は目がバッテンにならなければいけません。

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壱億円・・・昭和のお土産で、ヒットしたものの一つ。ハンカチになっていますねぇ。八百屋さんなど個人商店にお使いに行くと、お代やお釣りを百万円!という店主がいましたが、現在でもいるのでしょうか。

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お土産・・・昭和の観光地などには必ずあったお土産で、「ちょうちん」がありました。また、不動の地位を気付いたのが「テナント」です。三角形の旗みたいなもので、何故か買ってきて、飾り付けていました。また、木刀も意味もなく買ったりして。昭和の部屋にあったもので、よく見かけたものと言えば「空き缶」です。鴨居の上に乗っていましたね。また、アルプスのポスターや洋物ヌードポスター(雑誌(PLAYボーイ)なんかの切抜き)なんかもあった気がします。

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国民的アイドル?その1・・・な、なんと言いましょうか・・・。

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国民的アイドル?その2・・・胴体が無いのは怖いぞ。

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認めない・・・某鉄道会社の管理局・・・違った支社のマスコットキャラクター「ももずきん」です。左がよく見るスタイル。パンフレットにも見られます。どこかの空調機器会社のキャラクターにも似ている事は公然の秘密です。このももずきんの茶色のバージョンを目撃しました。聞いてみると「そんなはずはない、見間違いだ。」と否定されてしまいました。一体何者なのでしょう。ひょっとして、別の支社のかもしれないですね。

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帰ったのかな・・・覚えていますか。平成のキャラクターです。愛・地球博にいた「モリゾー」(左)と「キッコロ」(右)です。

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凛々しすぎない?・・・公僕のワンちゃんですね。あれ、こんなに爽やかだったかしら?

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これがか・・・絶句しました・・・。

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あっ!・・・これって、何処かの駅前で見たような…。

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何故か笑ってしまう…「ちんちんかもかも」という言葉があります。意味は嫉妬したくなるほど、仲睦まじいさまの様子を言います。変な使い方はしないで下さいね。

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誤字ものなど
見かけた看板などで、誤字などがあるものを見つけました。どこが間違っているかな?
難しい字はあっているのに・・・難しい漢字は多分あっているのですが…。

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南の地域を走るには走りますが…きっと、ワードの変換機能のせいでしょう。

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懐かしいけど、そりゃないだろう。・・・この看板は間違いなく昭和のものですが。

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鉄道会社ならちゃんとしてよ。・・・とマニアックなファンなら言いたくなるものです。最近は鉄道にまったく興味のない、鉄道マンも多いそうなので仕方がないのでしょうか。

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何があったのだろう。・・・とあるチラシです。どうやったら、こうなる?って感じですね。(P:Tuboフォトオフィス様)

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懐かしい地名など
 市町村合併などで今は消えてしまった町の名前などです。
○杉並区東荻町・・・現在の杉並区荻窪2~4の地域です。昭和44年に廃止されています。下の渋谷信用金庫はなんか、刑事ドラマで銀行強盗に遭いそうな銀行名ですが、後に東邦信用金庫と合併し、現在は西武信用金庫と合併しています。この西武は西武鉄道などの西武グループとは関係ありません。(P:Tuboフォトオフィス様)

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南多摩郡稲城村・・・南多摩郡は明治11年に発足した郡です。当時は現在の八王子市、町田市、日野市、多摩市、そして稲城市が行政区域でした。稲城町は稲城市になります。百村はちょっと難しい地名で、「もむら」と読みます。(P:Tuboフォトオフィス様)

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北多摩郡久留米浅間町・・・こちらは現在の東久留米市になります。明治11年に発足した当時は、現在の世田谷区の西部から多摩地域の東部(立川市、東大和市、昭島市など)の大きな行政区域でした。(P:Tuboフォトオフィス様)

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下も見て歩こう…清瀬市の前の町名の頃のものです。町から市に改称したのは昭和45年です。(P:Tuboフォトオフィス様)

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不思議な場所や珍しい場所など
世の中には不思議な場所、珍しい場所など様々ありますね。そんな場所をご紹介しましょう。
こんな所にビルが食い込んでいる!!・・・東海道新幹線に乗っていて、線路にビルが食い込んでいるのを見た事があるでしょうか?新橋駅の近くにその場所があります。
新橋駅を出て歩いて5分ほどの場所にあります。ちょっと離れた所から見ると、高架線に接している感じで、食い込んでいるようには思えません。(写真左)高架線の下の道路に行ってみましょう。写真右側にそのビルはあります。あれ?(写真中央)、近づいてみると、本当だビルが食い込んでいます。(写真右)
なぜ、このようになったのでしょう。新幹線の建設にあたって、ここの地主さんが土地を国鉄に多く譲ったが、このビルだけは譲れなかった。新幹線の建設は急ピッチで進めなければならず、国鉄と地主さんが話し合った結果、このような形になったそうです。つまり、ビルが先にあって、線路が後から来て設計変更が容易に出来なかった結果、このような形になったという事です。

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栃木県日光市川治温泉「おなで石」・・・川治温泉の観光スポットです。鬼怒川の氾濫で流れ着いた自然の石を霊石として祀っているものです。この霊石には女陰のような亀裂があり、沿って撫でながら祈願をすると子宝、縁結びなどのご利益があるそうです。周りには石や男根の形をした石があります。石の男根がおなで石と勘違いして撫でている観光客や湯治客も多いそうです。

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どうしてこうなったのだろう…場所は八高線の松久駅である。通過はするが、一度も降りた事が無いのでどんな所だろう。とふらりと立ち寄ってみました。(写真左)
ホームから改札口を目指すと、白い円筒形の建物があり、ここから外に出られそうです。(写真中央)外に出ると、ログハウス風のこじゃれた建物になっています。(写真右)

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あれ?駅舎が2つあるの?何か無駄だなぁ。と思いでしょう。じつは、ホーム側にある白い建物が松久駅の駅舎なのです。(写真左)旧駅舎の建替えは平成14年に行われました。この駅舎はJRが一方的に設計したもので、町の人々や利用者から「公衆便所みたい。」という意見や批判があり、当然建て替えの要望が出ました。しかし、JRに要望を出しても改築は難しいことから、三里町がこの駅舎を隠すように目の前にログハウス風の「松久駅前情報館」を建てたという事です。確かに降りた時に見た円筒形の建物はトイレかな?と思いました。そんな松久駅ですが、駅のすぐそばにハイキングコースの看板を見つけました。(写真中央)手書きのいろいろ賑やかな案内です。いろいろあるんだなぁ。と見ていると、お隣の丹荘駅から線路が2つに分岐している事に気付きました。(写真右)

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なんだろう?と辿っていくと・・・なんと、『上武鉄道』の文字が!上武鉄道とは昭和16年に敷設され、丹荘駅と西武化学前駅の6.1kmを結んでいた小さな地方鉄道です。鉱石であるニッケルを運ぶ目的でつくられ、開業時は専用鉄道でしたが、昭和22年から旅客営業を始めました。しかし、1日10人程度の状況であったため昭和47年に旅客営業が廃止。貨物輸送を細々と続けていましたが、昭和61年に廃止となりました。日丹線やニッケル線の愛称で呼ばれていました。

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