国鉄・JR・私鉄各社鉄道に関するもの
路線図(地下鉄)・・・昭和50年代後半のものです。路線や乗り入れなどを見て下さい。

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国電にまつわるもの・・・現在では大都市、大都市周辺の路線を「電車」や路線名、JRで呼ばれていますが、国鉄時代は「国電」として、広く親しまれていました。国電とは国鉄電車の略称で、国鉄の前身となる鉄道省時代は「省電(省線電車)」、さらに鉄道院の時代は「院電」と呼ばれていました。また、身近に日常の足として使える事から「ゲタ電(下駄電)」とも呼ぶ人もいます。(後に旧型電車車輛を意味する言葉に変化しました。)

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左上は昭和50年代後半の国電、私鉄の路線図です。右の2枚、下の2枚はその路線図で面白そうなものを拡大してみました。今との違いがお解り頂けるでしょうか。

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国電と言えば、103系が不動の地位にありますね。乗り場案内でもイラストに使われていました。また、地域にも国電という名前は浸透していたのでしょう。案内図にもよくありました。(写真中央及び右 P:Tuboフォトオフィス様)

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左はとある駅の周辺案内図。国鉄時代のままですね。写真中央はとある公園の案内図。よく見ると路線名の横に「国電」の文字が。(右)国電の存在の大きさが窺い知れますね。

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E電・・・みんな、覚えているかな?JRが発足して間もなくになりますが、JR東日本で国電に変わる愛称として新しく誕生したものです。公募で選ばれたもので、EにはEastやEnjoyなどの意味が込められていました。でも、普及する事はなく「JR」や路線名、電車といった呼び方になってしまいました。私たちの身近では死語になりつつある言葉ですが、JR東日本の部内では健在らしく、業務上の会話に存在するそうです。その一つでしょうか、時刻表の電車特定区間に案内として併記されていますね。職員さんに「E電」ってなんですか?と聞くときっと、爽やかに答えてくれるはずです。因みにW電という、JR西日本の同様の路線を対象にした言葉が生まれましたが、瞬く間に消滅しています。

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国鉄にまつわるもの。いろいろ。・・・国鉄時代の懐かしいものをいろいろ見つけました。
右のご意見箱は良いですね。昭和の表現ですよ。「なんでもどうぞ。」今のご時世では投げやりチックな空気がプンプンしますね。不思議な事に、投函口が上ではなく、入れずらい横にあるのもポイントですね。

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左はJRになって、塗りつぶしたけど褪せて国鉄復活!街の看板では必ずと言ってよいほど「国鉄」の文字がありましたね。今は、最寄の駅の名称が主ですよね。

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左は駅ビルのものです。鉄道管理局とは現在の支社に相当する言葉です。写真中央は国鉄官舎と呼ばれた、職員用のアパートです。窓に板が打ち付けられている様子から、廃止となったのでしょう。右はその建物にあったもの。日本鉄道建設公団がつくったんですね。(写真中央、右 P:Tuboフォトオフィス様)

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日本鉄道建設公団・・・昭和39年に発足し、平成15年に解散した特殊法人です。鉄建公団とも呼ばれており、国鉄などの鉄道建設事業を行っていました。この鉄建公団は国鉄に代わって、新しい路線をどんどんつくり、出来上がると国鉄に貸し付けや譲渡を行いました。しかし、この多くの路線は採算が見込めない路線であり、国鉄の経営を大きく圧迫した事は有名な話です。

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○写真左は、懐かしいあの特急に乗れる?!めちゃ昭和の看板ですね。手書きが素晴らしい。中央は線路への置き石や投石を注意する看板。鉄道公安室とありますが、これは立派な国鉄の証拠です。鉄道公安官というものがあり、国鉄の職員でありながら司法警察権を持っていました。鉄道施設や列車内の治安を維持するために設置されました。JRへ移行する際に、民間企業の職員が司法警察権を持つのは適当ではないため、鉄道公安官は警察組織に組み込まれました。テレビドラマでもありましたね。エンディングテーマのホームタウン急行(エクスプレス)が懐かしい。(P:Tuboフォトオフィス様)右は、駅前にあるタクシー乗り場の看板。国鉄時代の「エ」マークがそのまま残っています。JRになっても変わらないのでしょうか。

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○写真左はとある病院で見つけたもの。労災指定病院で国鉄が指定しているものなんですね。中央と右はとあるポスターで、路線図を見ると宇高連絡船のもので、国鉄時代につくられたものと考えられます。

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○左は日本石油が国鉄用に作っていたのでしょうか。機械油です。ある意味珍しいですね。中央はけっこう古い武蔵野線沿線の企業の広告。「武蔵野西線」は地元の呼び方なのでしょうか。この当時の武蔵野線は原野の中を走る感じでした。本当に人が住むのだろうか?と思うほどでした。今では沿線開発が進み、ベットタウン路線として知られる一方、鉄道趣味的には首都圏最後に残された国鉄形車輛の聖地のひとつであり、近いうちにJR初期車輛の聖地ともなりそうです。(古い車輛を末永く使いましょう。の対象線区とも言われるみたい。)右は「岩淵駅」と書いてありますが、どこの駅かわかりますか。答えは東海道本線富士川駅です。駅によっては名称を変更しており、このように古い駅名時代のものが残っている事があります。(写真左はマワ車所蔵。中央 P:Tuboフォトオフィス様)

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関東随一という文言は昭和ですね。駅名が旧名称のものです。と言っても温泉が無いだけなのですが。町歩きでは色々なものを見て、古いのか新しいのか。瞬時に見分ける力も求められます。この様な古い駅名なのかどうか。というのは時に難しいこともあります。(P:Tuboフォトオフィス様)

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JR東日本の懐かしいもの・・・JRが発足し、ずいぶん経とうとしています。初期の頃の懐かしい物を見つけました。
写真左は駅構内にあったキオスクで見つけたもの。昭和が残っていますね。(P:Tuboフォトオフィス様)中央は最近のものですが、懐かしい組み合わせです。まだ残っていました。

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沿線にも協力をお願いしていたのですね。・・・写真の東京地域本社は今はありません。国鉄時代は東京3局と呼ばれた、東京北鉄道管理局(東北線関係)、東京西鉄道管理局(中央線関係)、東京南鉄道管理局(東海道関係)で構成され、調整機関として本社直轄の首都圏本部がありました。発足後は東京圏運行本部となり、この際に高崎支社(高崎鉄道管理局)、水戸支社(水戸鉄道管理局)、千葉支社(千葉鉄道管理局)が生まれました。この他に営業関係として東京圏営業本部という組織があり、平成2年に東京圏運行本部と東京圏営業本部が統合してうまれたのが、東京地域本社となります。この「踏切防護協力員」とはなんでしょう。詳しくは分からないのですが、この協力員の札は踏切のそばの民家で見つけました。推察されるのは、第3種又は第4種の踏切において、何らかの支障が認められた場合に列車の停止手配を行ってもらうようにしていたのではないか。と思われます。

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因みに、東京地域本社はその後、平成8年に東海道本線川崎駅以西を横浜支社として分離、平成10年に中央本線吉祥寺駅以西を八王子支社として分離、あわせて東京支社に改称。平成13年に東北本線川口駅及び埼京線戸田公園駅以北、武蔵野線三郷以西を大宮支社と分離して、国鉄時代に見られた管理局のような姿に戻っています。

ホームなどで見つけたもの・・・現在では黄色い線まで下がってという呼び方に変わっていますが、昭和は白線でした。白線と言っても、ホームに貼られた白いタイルです。黄色い線は点字ブロックの事を言います。目の不自由な人を最も危険な場所で歩かせる。どこの会社でも一般的になっていますが、違和感を感じていないのだろうか。中央は乗車口の案内。正しい名称は不明ですが、国電スタイルとでも言いましょうか。都市部の大きな駅で見られたもので、工事などで徐々に消えて行っています。右は青梅線某駅で見つけた謎の箱です。「関係者の外手をふれないで」とは一体どういう事だろうか。謎です。(写真左 P:入ナリ様)

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左は珍しい表現です。「線路敷」とは、おそらく昭和の文言と思われます。中央は物を落としてしまった時の対処法を書いたもの。(P:Tuboフォトオフィス様)右は車内は近縁である事を伝えるホーロー看板です。昭和はどこでも煙草を吸い、どこでも捨てていたなぁ。

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いつになったら変わるのかな?・・・東京駅のとある所で見つけた乗換えの案内。一部古いものが見られます。この場所は高い所にあり、どうやってつけたのだろう。と思う位置にあります。そう簡単に交換できそうにもなさそうなので、しばらくは見れるかな?
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よく見ると・・・JR四国のとある駅にありました。JR四国では本線という名称がなくなっているので、懐かしい表現となります。

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東海道新幹線・・・左は東海道新幹線の開業をたたえたもので、現在もあります。新幹線と言えば0系がいまだに人気ですよね。乗換案内でもだんご鼻が特徴です。よく見ると地下鉄の電車も古いですね。

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東北・上越新幹線・・・左は東北新幹線の完成を祝したものです。床面にあるものですが、とてもきれいに残っています。(P:Tuboフォトオフィス様)右は200系がイラストのもので、昭和のものと思われます。手書きの地図は面白いですね。

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!?・・・街中で見つけたトラックに書かれていたものです。鉄道のかいじは101号からなのでご安心ください。

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京王電鉄・・・京王電鉄の前の社名になります。京王帝都電鉄、帝都という言葉が歴史の重さを感じられたのですが。

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西武鉄道・・・この駅はどこだろう。北多磨駅と多磨墓地前駅の2つです。平成になっての名称変更ですが、意外と周りに残っている事が多くあります。多磨墓地前駅地下通学路・・・なんかすごい名前だなぁ。(多磨墓地前駅はP:Tuboフォトオフィス様)

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真の昭和ですね。・・・とある保存機関車にて見つけたものです。カノピースヰッチとカノピースウイツチと書いてあります。

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