
会社の概要
| 読み方 | ひたちなかかいひんてつどう |
| 略称等 | |
| 設 立 | 2008年(平成20年)4月1日 |
| 保有路線数 | 1路線 |
| 保有路線名 | 湊線(みなとせん):勝田駅~阿字ヶ浦駅(14.3km) |
| 車輛形態 | 気動車 |
| その他 |
概要
茨城県ひたちなか市に路線を持つ鉄道会社です。平成20年に茨城交通の鉄道部門を継承し、湊線を経営しています。ひたちなか市と茨城交通が出資する第三セクター方式の会社です。
茨城交通は茨城県内で鉄道を経営する水浜電車(すいひんでんしゃ)、茨城鉄道(いばらきてつどう)、そして湊鉄道(みなとてつどう)の3社が合併して出来ました。茨城交通設立後、湊鉄道の所有していた路線が湊線になります。湊線の開業は大正2年に勝田駅~那珂湊駅開業したのが始まりで、昭和3年に全線開業となりました。
ひたちなか海浜鉄道に移行後、列車増発、新駅の設置等、利便性向上の様々な取組みを行いました。利用者が増え、阿字ヶ浦駅から国営ひたち海浜公園までの延伸が計画されています。
現在の車輛
キハ3710形
平成7年、平成10年に1両ずつ製作された19m級の気動車です。形式の「3710」は「みなと」の語呂合わせです。車内はロングシートとなっています。
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| キハ3710-01 | キハ3710-01 |
写真左は茨城交通時代の塗装色で、平成22年に公募により、塗装色変更が行われ「曙光の大地」をテーマとした塗装色に変更されました。(写真右)
キハ37100形
平成14年に1両登場した気動車です。キハ3710形の増備車で、保安対策強化(ブレーキの二重化)、乗降扉に半自動機能を追加する等仕様が変更された為、別形式としました。番号は通し番号となり、03番となっています。
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| キハ37100-03 | キハ37100-03 |
写真左は茨城交通時代の塗装色で、平成22年から平成30年まで「アニマルトレイン」として活躍、その後国体のラッピングが施され、令和2年より「曙光の大地」をテーマとした塗装色となっています。
キハ100形
キハ200形、ミキ300形の置換用及び観光列車用として、令和6年にJR東日本より3両購入した車輛です。キハ100-39~41が転入。トイレの撤去等の改造が行われました。40番は観光列車「ほしいも列車王国ラッピングトレイン」となっています。
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| キハ100-40 |
キハ11形(2代目)
老朽化した車輛の置換え用として平成27年にJR東海、東海交通事業のキハ11形式を5両購入しました。JR東海は123番、東海交通事業は201~204番で、このうち2両は部品調達用で、車籍はありません。塗装色は湘南色の帯からオレンジ色の帯に変更しています。車輛番号は5~7番となっています。
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| キハ11-7 |
過去の車輛
キハ20形
国鉄キハ20系のラストナンバーである522番で、国鉄からJR西日本へ継承され、水島臨海鉄道で活躍。平成8年に茨城交通にやって来ました。番号は同じキハ20系であるキハ200形の続番という形になり、205となっています。
水島臨海鉄道に移る際にトイレの撤去、冷房化が実施されています。茨城交通ではワンマン運転対応機器の追加が実施されました。平成10年に国鉄気動車の一般色である朱色地にクリーム色を巻いた2色塗りに変更。イベント等に活躍していましたが、令和5年にJR東日本よりキハ100形式を購入し、置き換えられました。
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| キハ205 |
キハ200形
こちらも国鉄キハ20系で、国鉄から鹿島臨海鉄道を経て譲渡された車輛で、平成元年から活躍を始めました。鹿島臨海鉄道時代は2000形とし、前部標識灯及び後部標識灯が角型に改造されています。
201~204番の4両が活躍しましたが、非冷房である事とワンマン運転対応ではない事から、平成18年に廃車となっています。廃車後は阿字ヶ浦駅で海水浴客向けの臨時の更衣室に使用された車輛もありました。203番が展示車輛として首都圏色に塗装され、展示されています。(車体表記は種車のキハ20 429に戻していますが、前面は鹿島臨海鉄道時代のまま。)
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| キハ203 |
キハ2000形
北海道の留萠鉄道(るもいてつどう)の廃止に伴い、昭和44年にキハ2005、昭和45年にキハ2004が移籍してきました。国鉄キハ22形式をベースとした気動車で、2005は屋根上のベンチレーターが2004とは異なっています。
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| キハ2004 | キハ2005 |
国鉄キハ22形式とほぼ同仕様ですが、前部標識灯の両側に汽笛がある他、運転区間が短い事からトイレが設置されない。といった違いがあります。キハ2004は国鉄準急色と呼ばれる淡黄色をベースに赤帯を巻いた塗装色で活躍。平成27年にキハ11形(2代:元JR東海キハ11形式)の投入により引退。その後、平成筑豊鉄道での動態保存を目的に九州の地へ赴いています。(平成筑豊鉄道での車籍はない。)
キハ2005は茨城交通色に塗り替えられましたが、他の車輛とは帯の配置が異なっていました。
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| キハ2005 |
キハ2005は平成22年に国鉄急行色に変更。平成25年に島原鉄道の塗装(三本ヒゲ)となって活躍しました。こちらも平成27年に廃車となっています。
キハ22形
北海道の羽幌炭礦鉄道(はぼろたんこうてつどう)の廃止に伴い、昭和45年に3両が移籍してきました。キハ22形式と同一仕様で昭和35年に登場し、キハ221~223の3両が製作されました。
茨城交通へ譲渡された際はスノープラウ、トイレ等が撤去されましたが、車輛の特徴である旋回窓は残されました。塗装色は羽幌炭礦鉄道時代の茶色に白帯のままとされました。(留萠鉄道から来たキハ2000形も同じ色に塗り替えられました。)昭和58年に全ての車輛が茨城交通色に変更されました。平成9年にキハ221は元の羽幌炭礦鉄道色に戻されました。キハ221は同年に廃車され、阿字ヶ浦駅構内の海水浴客用の臨時更衣室として使われました。キハ223は平成21年に廃車となり、静態保存をする為、民間企業に譲渡されました。キハ222は国鉄一般型気動車の旧標準色である青色とクリーム色の2色塗りになって活躍。令和3年に「ひたちなか開運鉄道神社」のご神体として祀られる事になりました。鉄道車輛がご神体となるのは世界初の事になります。
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| キハ221 | キハ222 |
ミキ300形
兵庫県の第三セクター三木鉄道の廃止により、旧型車輛の置換えを目的に平成21年に1両(ミキ300-103)を購入した車輛です。形式、車体番号、塗装色の変更は行われていません。令和5年にJR東日本よりやって来たキハ100形式に置き換えられました。
この車輛は富士重工業が開発した、18m級LE-DCと呼ばれる軽快気動車で、エンジン出力は295PS、車内はセミクロスシート仕様。トイレの設置はされていません。
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| ミキ300-103 |
ケハ600形
昭和35年に新潟鐵工所が製作した日本初のステンレス製気動車で、1両が試作車としてつくられました。車体は湘南顔のデザインで、前面窓上に行先表示器等を設置する小窓が設けられていますが、使用された事は無く、明り取り窓のような状態でした。
液体式でしたが、総括制御が出来ない構造であった事、他車との連結時に附随車として使用するも、何かと不便であった事から、あまり稼働していなかったようです。平成4年に廃車となり、車体のみが倉庫として保存されていましたが、現在はギャラリーとなっています。
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| ケハ601 |
ケキ100形
貨物輸送や旅客輸送等に活躍したディーゼル機関車で、ケキ101~104が在籍していました。ケキ101は昭和28年から昭和55年まで活躍したL形の機関車。ケキ102は昭和32年から平成17年まで活躍した凸形の機関車。茨城線で活躍し、同線が廃止され、湊線に転属して活躍しました。ケキ103はケキ102の増備車で湊線で活躍しましたが、ケキ102の転属で平成2年に廃車されています。ケキ104は昭和31年に倉敷市交通局(現:水島臨海鉄道)でDC502形として登場。昭和41年に茨城交通に移籍し、昭和46年に廃車となっています。
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| ケキ102 |
トラ1形
東武鉄道の所有していた無蓋貨車トラ1形を譲り受けたもので、トラ15、トラ16の2両がありました。貨物輸送廃止後は那珂湊機関区でシートを被せられ、倉庫代用として留置されていました。平成30年に2両とも譲渡され、トラ15は群馬県にある長野原線(現:吾妻線)太子(おおし)駅跡地に整備された公園に整備され、展示されています。
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| トラ15 | トラ15 |
ホキ1形
東武鉄道が所有していたホキ1形ホッパ車を譲り受けたもので、ホキ7、8の2両があります。国鉄設計のホキ800形式のコピーで、バラスト輸送、散布に用いられます。台車はTR41ではない点がポイントです。車籍は当初より無く、機械扱いとして使われています。
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| ホキ8 |