鹿島臨海鉄道

会社の概要

読み方  かしまりんかいてつどう
略称等  KRТ
設 立  1969年(昭和44年)4月1日
保有路線数  2路線
保有路線名  鹿島臨港線(かしまりんこうせん):鹿島サッカースタジアム駅~奥野谷浜駅(19.2km)
 大洗鹿島線(おおあらいかしません):水戸駅~鹿島サッカースタジアム駅(53.0km)
車輛形態  気動車
その他

概要
 茨城県南部に2つの路線を持つ第三セクター方式の鉄道会社で、設立当初は鹿島臨海工業地帯への貨物輸送を目的に国鉄、茨城県、進出企業の出資で設立され、昭和53年、新東京国際空港(現:成田国際空港)への燃料輸送の際には。鹿島臨海線の北鹿島駅(現:鹿島サッカースタジアム駅)から鹿島南港駅まで旅客営業を始めました。しかし、利用者が少ない事から、昭和58年、燃料輸送のパイプライン化による輸送終了と同時に、一旦旅客営業は終了しました。
 一方で国鉄鹿島線の延長となる北鹿島駅以北の路線がつくられていましたが、国鉄の財政悪化により開業が危ぶまれる事から、この新規開業区間を引き受ける事とし、大洗鹿島線として旅客営業が復活しました。
 鹿島臨海線は先述の通り、鹿島臨海工業地帯への貨物線。開業時は起終点駅を含めて7駅ありましたが、旅客営業、貨物取扱の廃止等の理由で、神栖駅のみが中間駅として残っています。かつては多方に専用線がありましたが、神栖駅でのコンテナ扱いに集約されています。
 大洗鹿島線は昭和45年に開業した国鉄鹿島線の延伸部分で、鹿島灘に沿って路線があります。当初は特急列車の運転計画があった事から、単線ながらも高規格設計となっているのが特徴で、踏切は水戸駅近くの常磐線との並行する区間にあるのみとなっています。鹿島サッカースタジアム駅は終点駅ですが、鹿島線に直通し、鹿島神宮駅が列車の発着駅となっています。

6000形
 昭和60年に大洗鹿島線開業と共に製作された気動車です。形式の6000は開業年の昭和60年に由来するものです。
 車体は単行運転が可能な両運転台構造の20m級車体で、都会的なデザインを持つ軽快な電車をイメージしたデザインとなっています。塗装色はスカーレットレッドに鹿島灘の白波をイメージした白帯を巻き、窓廻りは黒色に近いチャコールグレーを配しています。車内は片側2扉で、ラッシュ対策として乗降扉の幅は広めとなっています。座席配置は通勤、通学客や観光客に対応する為、セミクロスシートとしトイレの設備があります。
 平成28年に後継車輛となる8000形が登場し、置換えが始まっています。

6011 6001

8000形
 老朽化した6000形の置換用として平成28年に登場した気動車です。車体は関東鉄道キハ5000形と同じ両運転台構造で、乗降扉は片側3ヶ所にあり、両端は片開き、中央部は両開きとなっています。車内は混雑緩和を目的にデッキなしのロングシート。車椅子スペースの設備があります。トイレは設置されていません。
 塗装色は車体下部を砂浜と大地を表現した淡黄色、上半分を鹿島灘の海と空を表現した青色、その境界部に地域に支えられ、発展していく事を表現した赤色の帯を巻いています。

8006

KRD形
 鹿島臨港線の貨物列車牽引用に国鉄DD13形式をモデルに製作されたディーゼル機関車です。DD13形式より高出力エンジンを搭載するなど重貨物列車牽引に適した性能となっています。
 昭和45年に1~3号機が登場し、昭和52年に4号機、昭和54年に5号機が増備されました。2号機は昭和58年に仙台臨海鉄道へ譲渡されています。現在、5号機のみが活躍し、1、3、4号機は廃車(3、4号機は部品取りとして保管)となっています。

KRD5

KRD64形
 平成16年、平成21年に1両ずつ製作されたディーゼル機関車。KDR形よりも大型化されており、560PSのエンジンを2基搭載しています。

KRD64-1

過去の車輛

2000形
 大洗鹿島線開業時に国鉄キハ20系を譲り受けた車輛です。改造が行われており、前部標識灯及び後部標識灯を角型ライトケースに収めた他、6000形と併結運転を行う為に貫通路の改造を行っています。塗装色は6000形と同じです。
 冷房装置が搭載されおらず、6000形の増備により、平成元年に4両全てが茨城交通(現:ひたちなか海浜鉄道)に譲渡され、平成18年まで活躍しました。

キハ204(茨城交通)

2000形は茨城交通に譲渡され、キハ201形になり活躍しました。




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