
諸 元
| 最大長 | 20000mm・21300mm(キハ52形式) |
| 最大幅 | 2928mm |
| 最大高 | 3680mm |
| 機 関 | DMH17B又はC形式ディーゼルエンジン(160PS・180PS) |
| 制御方式 | 自動空気ブレーキ方式 |
| 動力伝達方式 | 液体式 |
| 動力台車 | DT19形式・DT22形式 |
| 附随台車 | TR49形式・TR51A形式 |
車内設備など
| 座 席 | セミクロスシート |
| 乗降扉(片側) | 2扉 |
| 便所の有無 | あり |
| その他 |
概要
キハ20系は国鉄制式の系列呼称ではなく、昭和32年に登場したキハ20形式と同一の設計思想で製作された形式を趣味的に総称したものです。
昭和28年、初めての本格的液体式気動車としてキハ10系(17系)気動車が登場。動力近代化を推進する旗手として、大きな貢献を果たしました。しかし、当時の最新であったDMH17形式ディーゼルエンジンは出力が低く、20m級客車と同じ大きさにすると重量過大により十分な走行性能を得る事が出来ず、車体断面を一廻り小さくし、随所に軽量化を施しましたが、当時の技術では賄う事が出来ず、座席を背ずりの低いビニール張りのシートにする等、サービス面を犠牲にした軽量設計にして、ようやく実用となり、電車や客車と比べると明らかに貧相なものでした。
昭和31年、10系軽量客車という画期的な車輛の登場で事態は一変します。この10系軽量客車はスイス国鉄の客車を参考に設計されたモノコック構造車体とプレス鋼板を用いた溶接組立台車の導入によって、十分な強度を維持しつつ、従来車よりも大幅な軽量化を果たす事が出来ました。この構造を用いた気動車を設計する事で、大型車体でも既存のエンジンでも走行が出来るようになり、昭和31年に21m級気動車の第1弾として準急形気動車のキハ55系(登場時はキハ44800形式)が登場。電車や客車と同じ水準の車内設備を持つ気動車が登場する事になりました。この成功を受けて普通列車用の一般形気動車として昭和32年に登場したのがキハ20系です。
車体幅を2800mmに拡大し、乗降扉は混雑時の均等化を図る為に中央に寄せた他、窓下のシル(補強帯)が無くなり、近代的なデザインになりました。登場時は両運転台構造のキハ20形式、片運転台構造のキハ25形式、北海道向け両運転台構造のキハ21形式の3形式が登場。客室窓は上段窓が固定窓(バス窓)や台車、エンジンがキハ10系と同じと共通点が多くありました。昭和33年にマイナーチェンジが実施され、客室窓、台車、エンジン等多くに改良が加えられたものとなっています。
その後、勾配線区向けにエンジンを2基搭載したキハ52形式が登場する等、改良や新形式が登場。後継形式のキハ23系が登場する昭和41年までに1072両が製作され、全国各地の無煙化に大きな貢献を果たしました。
JRへはキハ20形式、キハ22形式、キハ52形式の3形式が継承され、キハ20形式は平成5年、キハ22形式は平成7年に全廃。残ったキハ52形式は平成22年まで生き残り、キハ52形式の廃車を持って、本系列は系列消滅しました。
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| キハ20 468(2位側) | キハ22 52(2位側) |
キハ20 1~
本系列の基本となる両運転台構造の暖地向け車輛です。戦前から活躍する機械式気動車の置換えも重なり409両製作され、北海道を含む全国で活躍しました。1~103番はキハ10系に似たバス窓の初期車。201~484番はマイナーチェンジとなる車輛。500番代(501~522番)は最終増備車で、室内灯を蛍光灯にした他、暖房の改良を加えたグループとなっています。
本形式の乗降扉下部にある採光窓が無い点を除けば、外観は同じ形式として、寒冷地向け仕様としたキハ21形式があり、採光窓の他に、客室窓を二重窓とし、機器類に耐寒・耐雪構造としています。
キハ22 1~
キハ21形式は北海道の厳しい寒さにおいてはデッキが無い等、防寒が不十分であった事から製造を打ち切り、酷寒冷地向けの本格的な車輛として昭和33年に本形式が新規製作され、北海道及び東北地方で活躍しました。
乗降扉は車体両端へ配置し、デッキ付きとなった他、客室窓を小さい一段上昇式二重窓として保温性を高めています。また、床は滑りにくくすると共に、雪靴や雪下駄に使われるスパイクの対策から木張りとされている点が特徴です。暖房装置も排気ガスを用いたものから、エンジンの冷却水を利用した温水暖房に変更し、強化されています。これらの耐寒・耐雪構造はその後北海道に登場する一般形や近郊形車輛の基準となった他、道内の地方私鉄に同一設計の車輛を導入するきっかけとなっています。
1~170番は初期車で、室内灯は白熱灯となっています。
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| キハ22 229(3位側) | キハ22 248(4位側) |
キハ22 201~343
201番以降は室内灯を蛍光灯としたグループとなります。0番代との違いは屋根上の通風器で245番までは7個、246番以降は9個としています。この他、後部標識灯を外はめ式にした他、プレス鋼板から平滑なハニカムコア構造の乗降扉に変更されています。
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| キハ22 706(2位側) | キハ52 47(4位側) |
キハ22 701~706
平成2年にキハ22形式200番代を種車に登場したワンマン運転対応機器を搭載した改造車です。JRへ継承されたキハ20系の中で唯一の番代変更を伴うものとなっています。車体色は白色をベースに青色の帯とコーポレートカラーの萌黄色の帯を巻いたものに変更されています。その後、種車をキハ40形式100番代へ変更した為、活躍期間は短く、僅か5年後の平成7年に廃車となり、番代消滅となっています。
キハ52 1~
勾配線区向けの形式で昭和33年に登場。キハ20形式に2基のエンジンを搭載したものです。キハ20形式に準じた設計ですが、エンジンや変速機、放熱器を2基搭載する必要があり、車体を1300mm延長し、21300mmとしています。その為、乗降扉間の客室窓は1つ増え、6枚となっています。初期となる0番代はキハ20形式と同じ、DMH17C形式を搭載。室内灯は白熱灯、暖房装置も温風式のものとなっています。写真の47番は爪クラッチ式液体変速機を試験的に搭載しており、エンジンも330PSの直噴エンジンに換装していました。この結果はキハ200系に活用されています。
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| キハ52 128(3位側) | キハ52 137(2位側) |
キハ52 101~
昭和37年に登場した0番代のマイナーチェンジ車のグループ。騒音、振動を低減する為、キハ58系等と同じく横形エンジンとしたもので、DMH17H形式に変更。これにより、車体中央にあった排気管が車端部に移動し、6枚の客室窓が等間隔に並ぶ変化が見られます。また、使用実績によりエンジンブレーキが追加されました。この他、製造年次により、後部標識灯、乗降扉の違いが見られます。
JR西日本で所有し、大糸線で活躍していた車輛が平成22年に終了した事により、キハ20系による定期列車が消滅。翌、平成23年にJR東日本に在籍していた車輛が廃車となり、同時にキハ20系の系列消滅となっています。
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| キハ52 143(1位側) | キハ52 651(3位側) |
キハ52 101~
JR東日本に継承されたキハ52形式100番代の中で盛岡地区の車輛は他の地区で活躍する車輛と同じく、車体更新や機関換装を受けた他、隙間風対策として客室窓を一段上昇式に改造する工事を行っており、外観が異なっていました。
キハ52 651
郵便・荷物輸送の単位が小さいローカル線向けに旅客車を改造した簡易の郵便・荷物車の1両です。客室の一部をロングシート化し、仕切りにアコーディオンカーテンを設置しています。キハ20形式、キハ25形式、キハ22形式そしてキハ52形式が種車となっており、それぞれ白熱灯であった0番代は600番代、蛍光灯となった200番代は650番代(キハ22形式は200番代のみを改造し、600番代としています。)と改番していました。キハ52形式650番代は1両のみ改造されています。
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| キハユニ25 1(2位側) | キハユニ26 23(1位側) |
キハユニ25 1~7
ローカル線向けに設計された郵便・荷物合造車で、酷寒冷地向けの形式です。1~6がキハ21形式をベースに設計され、前位側から乗務員室・荷物室・郵便室・客室となっています。客室窓は上段が固定式のバス窓となっています。6番が車輛不具合により火災で焼失した為、7番が代替として製作されました。この車輛のみキハ22形式に準じた設計に変更されており、デッキ付きとなり、乗降扉が車端部になっている等外観が異なっています。写真は北海道にある小樽市総合博物館に保存されている貴重な1両で、キハ20系のバス窓を持つ唯一の保存車です。
キハユニ26 1~59
キハユニ25形式と同じ構造の暖地向けの形式です。客室窓は上下段共に上昇式となっています。番代の区分はありませんが、1~41番はキハ20形式200番代、42~59番はキハ20形式500番代に準じたものとなっています。