キハ65形式急行形気動車

諸 元

最大長  21300mm
最大幅  2900mm
最大高  4085mm
機  関  DML30HSD形式(500PS)
制御方式  電磁自動空気ブレーキ方式
動力伝達方式  液体式
動力台車  DT39形式
附随台車  TR218形式

車内設備など

座  席  クロスシート
乗降扉(片側)  2扉
便所の有無  なし
その他  

概要
 急行形気動車の冷房化は1等車(現:グリーン車)から始まりました。キハ58系列の各グリーン車には発電機を搭載し、昭和43年に完了しました。続いて普通車に着手するのですが、グリーン車の発電機は自車のみに電源供給するもの。膨大な数の車輛に1つずつでは不経済である事。エンジンを2基搭載車輛には発電機が搭載できない事から、エンジンを1基搭載した車輛に発電機を搭載し、自車を含めて3両まで供給可能な電源装置を搭載しました。これで冷房化が推進出来ますが、別の問題が起こりました。
 勾配線区では駆動用のエンジンが多く必要である事から、電源装置を持つ車輛の数が少なくなり、結果冷房化が難しくなりました。そこで、大出力エンジンを搭載し、出力を低下させず、冷房装置用の電源装置を搭載した車輛の開発が行われる事になりました。一方で、非力であった駆動用エンジンであるDMH17系の改善に高出力エンジンの開発があり、昭和41年に試作車としてキハ91系が登場。この試験結果を基に本形式が昭和44年に登場しました。
 基本的な部分はキハ58系を踏襲していますが、設計上は同時期に登場した12系客車と共通点を多く持っています。車輛限界を一杯に活かす為、車体下部の裾絞りや雨樋の位置などが変更された他、客室窓は一段上昇式から、上段下降、下段上昇式のユニットサッシ窓としており、外観の特徴にもなっています。また、乗降扉も台車構造の関係から引戸ではなく、2枚式折戸を採用しています。
 車内はキハ58系との連結が前提であった事から、構造簡略化、軽量化を図る為、トイレ、洗面所はありません。無い事により生じた空間を活かして、定員数がキハ58系と同じながらシートピッチを拡大し、居住性向上を図っています。
 エンジンは過給器(ターボチャージャー)付きのDML30HSD(500PS)1基と自車を含めて3両まで冷房電源を供給できる発電機を搭載しています。
 昭和44年に登場し、活躍が期待されましたが、電化の進展もあり、気動車を用いた急行列車の現象が予想された為、104両の製造に終わりました。登場後は四国や九州といった西日本地区に多く配置され、勾配線区を走る急行列車に活躍。1980年代に入り、急行列車が大幅に削減されるとローカル線の普通列車へ転用されていきました。
 分割民営化後はJR東海、西日本、四国、九州へ継承されました。高出力エンジンを搭載している事から、移行前後よりジョイフルトレインや特急列車用に多くの車輛が改造されました。一方で、高出力な性能が不要な線区では性能が過剰である事や、トイレが無く、片運転台構造で単行運転が出来ない事、乗降扉が幅の狭い折戸であり、近郊形車輛のような改造が難しい等の事があり、1990年代後半から急速に廃車が進み、平成25年に最後の車輛が廃車。同時に形式消滅しています。

キハ65 7(1位側) キハ65 56(2位側)

キハ65 1~86
暖地向けのグループです。台車はディスクブレーキ式、2軸駆動のDT39形式、TR218形式を履いています。DML30系エンジンを搭載するキハ91系やキハ181系ではラジエーターを自然冷却式放熱器を搭載し、外観の特徴になっていましたが、勾配区間では速度が低下し、放熱効率が悪くなり、加熱によるオーバーヒートを起こす原因となる事から、強制冷却式を採用しています。この他、当初より冷房車である事から通風器は設置されていないのも特徴です。

キハ65 503(2位側)

キハ65 501~518
寒冷地向けのグループで、0番代に耐寒・耐雪構造を付加した車輛になります。500番代は中央本線急行「アルプス」号や「きそ」号等の冷房化を行う目的で登場しました。

キハ65 3001(1位側) キハ65 5001(2位側)

キハ65 3001
平成元年にキハ65 508番を改造した急行「かすが」用の車輛です。キハ58形式と同じく、座席をリクライニングシートに変更する改造を行いました。当初は原番号に5000番を加え、5508番としましたが、平成3年に快速「みえ」号の5000番代が登場し、3000番代に変更しています。
キハ65 5001~5003
平成3年に快速「みえ」号のスピードアップ(110km/h化)を行う為に、キハ65 504・505・507番3両を改造したグループです。改造は台車枠の交換(C-DT39C形式、C-TR218C形式)、座席のリクライニングシート化が実施されています。平成13年にキハ75形式に置き換えられ、番代消滅しています。

キハ58系・キハ65形式改造のジョイフルトレイン等

キハ56 117(1位側) キロ29 2(1位側)

旭川運転所所属車
旭川運転所に所属するキハ56形式の一部には急行色に青帯が追加されていました。写真の117番のように貫通扉に青帯を巻いたタイプと無いタイプがありました。主に留萌本線の海水浴場への臨時列車や名寄本線の快速列車を中心に活躍していました。
キロ59形式、キロ29形式「くつろぎ」
昭和48年にキハ27形式を改造した北海道初のお座敷気動車です。3両改造され「くつろぎ」の愛称を付けました。車内を片通路式のお座敷構造に改造し、物置等を設置しました。塗装は当時の規則により独自の塗装色を施す事が認めらていなかった為、客室窓下にグリーン車である事を示す淡緑色の帯を配し、グリーン車マークを入れました。
昭和59年にキハ56形式を改造したキロ59形式が加わり、カラオケ装置や冷蔵庫等が追加され、塗装をクリーム1号に赤2号の模様を入れたものへ変更。キロ29形式も塗装変更しました。また、この際に各車輛に北海道の湖を由来とする愛称が付けられました。キロ59 1「大沼」、キロ59 2「洞爺」、キロ29 1「支笏」、キロ29 2「摩周」、キロ29 3「サロマ」と命名されています。
JR北海道へ継承され、サブエンジン式冷房装置を搭載して冷房化が実施されます。この際に写真の白地をベースに窓廻りに緑2号、下部を萌黄色に再塗装変更が行われました。平成11年に老朽化により、全車廃車となっています。

キハ27 552(2位側) キハ56 552(1位側)

快速「ミッドナイト」用
函館駅と札幌駅を函館本線小樽経由で結ぶ夜行普通列車が運転され、好評を得ていました。この列車は郵便・荷物輸送を併結しており、昭和61年のダイヤ改正で郵便・荷物輸送廃止と共に列車が廃止されました。この区間は需要があり、その後夜行バスが同区間を担う形になり、好評を得ていました。
JR北海道に移行し、この需要を取り戻すべく昭和63年に夜行列車として快速「ミッドナイト」を運転。この際にバスに対抗すべく、キハ27形式200番代を種車に2種類の車輛を改造しました。
183系グリーン車からの発生品のリクライニングシートに変更し、シートピッチを拡大。後位側にミニサロン、自動販売機を設置したドリームカー(キハ27形式500番代)と座席を撤去し、カーペット敷きとし、乗務員室後方に女性専用区画、更衣室を設置したカーペットカー(550番代)が登場しました。両番代ともに冷房化も合わせて実施しています。
「ミッドナイト」は評判が良く、追加改造も実施されましたが、平成12年に老朽化も進んだ事から引退しています。
キハ56形式550番代「カーペットカー」
平成2年にキハ56形式を2両改造したグループです。車内の座席を撤去し、カーペットカーにしたもので、冷房化の為、前位側乗降扉が埋め込まれ、後位側に機器室が設置されました。塗装色も快速「ミッドナイト」とほぼ同じ塗装に変更。多客時には快速「ミッドナイト」のカーペットカーの増結車として活躍しました。

キハ58 486(1位側)

「うみねこ」、「むろね」用改造車
昭和59年に開業した第三セクター鉄道である三陸鉄道北リアス線、南リアス線へ夏季多客期に国鉄が乗入れをする事になり、盛岡発宮古経由久慈行き「うみねこ」号、一ノ関発盛経由釜石行き「むろね」号が運転される事となり、キハ58系にアコモ改良を施した車輛で運転しました。キハ58形式3両、キハ28形式2両が改造され、車内を新幹線0系の発生品である転換式クロスシートに変更、塗装をアイボリーをベースに三陸の海と空をイメージした青帯に変更しています。JR東日本に継承され、一部は元の姿になり、盛岡色に変更されました。

キハ59 502(1位側) キハ29 501(1位側)

「こまち」→「おばこ」
東北各地の観光地や温泉地へ向かう団体旅行向けとして、秋田鉄道管理局(後のJR東日本秋田支社)に昭和59年に登場したお座敷気動車です。キハ58形式2両、キハ28形式1両を改造した3両編成で、当初は愛称は付けられていませんでした。平成3年にグレートアップ改造を行った際に「こまち」という愛称が付けられました。塗装色は車体窓下を灰色、飾りのある白帯を配し、上部をピンク色に変更。
平成9年に秋田新幹線開業により愛称を譲り、東北地方で少女や娘を意味する「おばこ」に愛称を変更しました。平成13年に普通車化されると共に、車体の更新工事、塗装変更を実施しています。平成16年に休車となり、平成18年に廃車となっています。

キハ58 120(2位側) キハ28 2032(1位側)

「カーペット車」(愛称無し)
新潟鉄道管理局(後のJR東日本新潟支社)に昭和60年に登場した車輛で、キハ58形式3両、キハ28形式1両が改造されました。改造は車内をカーペット敷きにしたシンプルなもので、塗装変更を行いました。愛称は設定されず、2両又は3両編成で活躍していました。

キロ59 508(2位側)

「サロンエクスプレス アルカディア」
国鉄新潟鉄道管理局には団体専用車輛として、和式客車とカーペット車が運用されていましたが、どちらとも異なる車輛を設計する事となり、分割民営化直前の昭和62年に登場したのが、欧風気動車と呼ばれる「サロンエクスプレス アルカディア」です。
キハ58形式2両、キハ28形式1両を改造したもので、先頭車は展望室とし、前面は北海道で活躍していた「アルファコンチネンタルエクスプレス」に似た6枚ガラスの構成とし、展望室は床高さを600mm嵩上げし、リクライニングシートを配しています。一般座席もハイデッキ構造とし、リクライニングシートが配されています。塗装色は新潟地区の115系に施されている「新潟色」と同じ色を用い(雪椿をイメージした赤色、日本海をイメージした青色、雪を連想させる白色)、デザインを変更して配しています。
JR東日本へ移行してから営業運転を開始しました。登場から約1年後の昭和63年、上越線を走行中にキロ59 508番から出火し、当該車輛は全焼しました。原因は排気管の過熱によるもので、対策としてJR東日本に所属する気動車に使用されるDMH17系エンジンの淘汰が実施される事になりました。
「サロンエクスプレス アルカディア」の焼失した車輛は廃車となり、残った2両は平成4年に盛岡支社に転属し、「Kenji」に愛称を改め活躍しました。

キハ58 650(1位側) キハ28 2010(2位側)

「Kenji」
平成4年、岩手県で催された三陸・海の博覧会に合わせ、サロンエクスプレス アルカディアの車輛火災事故で休車となっていた2両を盛岡支社へ転属させ、再改造を行いました。普通車へ格下げとなり、種車の原番号に変更。先頭車の6枚窓は3枚窓に変更、車内も座席の変更等が行われました。中間となるキハ28形式はソファー等を配したフリースペースでしたが、これも座席車に改造を行いました。尚、車番は2010番=10番で昭和36年に登場。新製配置は広島で、昭和38年に三江南線(三江線(現:廃止))の部分開通時の記念列車に使用された記録があります。
写真は改造時の塗装色で、白色に青色系の帯を入れました。博覧会終了後に愛称を文豪宮沢賢治に由来とする「Kenji」と命名され、団体列車等に活躍しました。

キハ58 1505(2位側)

キハ58 1505番は追加の改造車となります。キハ58 650番とほぼ同じ改造内容となっています。その後、塗装色を緑色をベースに金色の帯を巻くものに変化しました。愛称表示部はLED式の表示器に変更される変化も見られます。
平成23年にJR西日本からキハ58系が撤退し、JRグループで最後のキハ58系として活躍しましたが、平成30年に廃車となり、キハ58系の歴史に終止符を打っています。

キロ59 510(1位側)

「グラシア」
JR東日本東北地域本社(現:仙台支社)には12系客車を改造した「オリエントサルーン」が在籍していましたが、小団体向けに短編成かつ機動性の高い気動車のジョイフルトレインを投入する事となり、平成元年にキハ58形式2両、キハ29形式1両を改造し、「グラシア」が登場しました。愛称の「グラシア(Gracia)」はスペイン語で「優雅」、「優美」、「面白さ」等を意味する言葉です。
先頭車は先頭部の形状を後退角を持つ非貫通構造に改造し、中間となる2号車(キハ28形式)は運転台が撤去されました。各車輛の前位側乗降扉、戸袋窓は塞がれ、大きな1枚窓を設置しています。その他の客室窓は固定窓に変更。塗装は車体上部をライトグレー、下部をチェリーレッドとし、境界部に白色と青色の帯を配したものとしました。
車内は欧風仕様に改造され、通路を片側に寄せ、270度まで回転可能なリクライニングシートを一人掛け、二人掛けを千鳥配置としました。客室の前後に大型モニターを設置した他、カラオケ装置も備えています。運転台後方には展望室、中間車は運転台跡地にカウンターテーブルと公衆電話の有るラウンジを設置しています。
台車は種車のものを使用していますが、エンジンはDMF11HZ(250PS)に換装しています。

キハ59 511(2位側) キハ29 506(2位側)

「こがね」
「グラシア」は平成12年にグリーン車から普通車へ格下げされ、平成15年にリニューアル工事が実施されました。この際に愛称を「こがね」に変更しています。外観では塗装をアイボリー、金色、オレンジ色の3色に変更。車内では座席モケットや絨毯の張替、車椅子スペース、車いす対応トイレの設置が実施されました。
「グラシア」、「こがね」で特徴は中間車のキハ29 506番です。種車はキハ28 2505番で、この車輛は急行「アルプス」に連結されていたキロ58形式を冷房化する為に冷房用発電機を搭載した車輛(自車は冷房準備工事を実施)として昭和43年に登場。この際は1500番代を当てられ、1505番でした。昭和46年に他の発電機搭載した車輛に合わせる為に、2505番に改番した車輛です。
「こがね」になった後も、仙台地区を中心に臨時列車や団体列車に活躍。平成22年に廃車となり、翌年にフィリピンへ輸出されています。

キロ65 1(2位側)

「ゆぅトピア」
和倉温泉等の観光地を多く有する能登半島は関西方面からの観光客が多く、この需要を取り込み増収を図る為、国鉄金沢鉄道管理局(現:JR西日本金沢支社)では分割民営化を目前に経営の重要な線区として七尾線の活性化を図る事としました。しかし、七尾線のみでは活性化が難しく、そこで大阪と和倉温泉を結ぶ直通列車の計画が出てきました。
当時の七尾線は非電化路線であり、北陸本線との直通運転には客車又は気動車か、電車を七尾線内では機関車で牽引する方法の3つが考えられました。しかし、客車や気動車は電車よりも時間がかかり、電車の牽引は電源車が必要と言う問題が立ちはだかりました。そこで、電車と気動車を併結し、気動車を直通させる方法が考えられました。併結運転にあたっては、協調運転は開発途上であった事から、気動車を附随車として電車に牽引させる方法が採用され、特急「雷鳥」号に併結する臨時気動車特急「ゆぅトピア和倉」号が運転される事となり、その専用車として昭和61年に登場しました。
キハ65形式を2両改造。前位側にアルファコンチネンタルエクスプレスに似た展望室の構体を設置。前面窓は6枚窓のガラス構成としました。展望室は床を600mm嵩上げし、一般座席もハイデッカー構造としました。車体は能登半島をイメージしたもので、ウルトラマリンブルーとホワイトをベースに金色の帯を入れ、豪華さとダイナミックさを表現しています。
下廻りは種車のキハ65形式が運転最高速度95km/hであり、120km/h走行に対応させる為、台車やブレーキ装置関係を中心に改造が行われました。
平成3年まで臨時特急として特急「雷鳥」号に併結され運用され、七尾線が電化された後は団体専用列車で活躍しましたが、平成6年にエンジンの故障を起こし、翌年に廃車となっています。

キロ65 551(2位側)

「ゴールデンエクスプレス アストル」
「ゆぅトピア」の人気を受けて、予備編成及び団体専用列車向けにJR西日本が昭和62年にキハ65形式を改造したジョイフルトレインです。「ゆぅトピア」はトイレ付が1、トイレ無しが1001番でしたが、こちらはトイレ付がキロ65 551、無しが1551番となっています。
基本は「ゆぅトピア」に準じていますが、角に丸みがある他、展望室部分の側窓は屋根肩部に達する大型曲面ガラスを使用しています。この他に団体専用列車で運転時には半室ラウンジカーのキロ29形式が中間に連結されます。この車輛は電車との併結運転には対応していないので、併結時は外されます。
平成18年まで活躍しました。

キハ65 601(1位側) キハ65 611(2位側)

「エーデル丹後」
北陸本線の特急電車と気動車の併結運転の第2弾として、福知山線の電車特急「北近畿」号と福知山駅から路線を持つ、宮福鉄道(後に北近畿タンゴ鉄道、現在は京都丹後鉄道)宮福線に乗り入れる臨時特急「エーデル丹後」号の専用車輛として昭和63年に登場しました。
展望室部分は丸いデザインに変更した他、座席を階段状に配置し、側面の窓も座席配置に合わせています。また、前2編成がグリーン車であったのに対し、普通車として登場。座席は回転式リクライニングシートとなっています。
車輛はキハ65形式を2両改造。トイレ付は601番。無しは1601番となっています。当初は2両編成でしたが、中間車を兼ねる「シュプール&リゾート」が登場し、4両編成などで運転されていました。北近畿タンゴ鉄道乗入れ用で活躍しましたが、同社の「タンゴディスカバリー」号に役目を譲り、団体専用列車等で活躍。平成22年に廃車となっています。

「シュプール&リゾート」
冬季の「シュプール号」(大都市からスキー場の最寄り駅まで運転された臨時列車の総称。)に使用する車輛として平成元年に登場しました。シーズン以外は臨時列車としての使用を行う為、電車との併結できる機能を備えています。また、多客時等には「エーデル丹後」の中間車とする事になり、エーデル丹後と同じ機器類を搭載していますが、前面は前部標識灯の移設や助手側窓の拡大が行われましたが、貫通扉は残されています。また、側面は前位側の乗降扉が塞がれ、客室窓は固定窓に変更(寸法は変更なし。)しています。この他、610番代は冷房装置の発電機を撤去しています。塗装色は第1編成(キハ65 611(トイレ付)+キハ65 1611(トイレ無し))は白色に水色とライトグリーンの帯を巻いたもの。第2編成は当初は走行装置を「エーテル鳥取」と同じ仕様とした為、712番、1712番としていましたが、平成2年に第1編成と同じ改造を行い、続番となる612番、1612番に変更しています。塗装色は白色に黄色と水色の帯になっています。平成22年に廃車となっています。

キハ65 701(2位側) キハ65 1801(1位側)

「エーデル鳥取」
山陰本線城崎駅(現:城崎温泉駅)から先の非電化区間へ直通する臨時列車用として昭和63年に登場しました。「エーデル丹後」に似ていますが、電車との併結運転は行わない事から、この改造は行っていません。
編成は5両編成で、全てキハ65形式を改造しています。前後の展望室を持つ車輛(701番(トイレ付)、1701番(トイレ無し))は大きな変貌を遂げていますが、中間車となる車輛は前面の原形を残した改造となっています。(トイレ付710番代、トイレ無し1710番代、トイレ付で冷房電源装置搭載車720番代、それぞれ1両ずつ。)
「エーデル鳥取」として運用終了後は団体輸送や臨時列車で活躍しましたが、平成16年に展望室を持つ700番代、1700番代が廃車、残る車輛も平成22年に廃車となっています。
「エーデル北近畿」
平成元年に「エーデル鳥取」の輸送力増強、特急「北近畿」号運転区間延長により登場しました。種車のキハ65形式ですが、保有している車輛を使いきってしまった為、JR四国から購入しています。改造は「エーデル鳥取」に準じたものですが、走行機器は種車のままとされた他、連結器の変更も行っておらず、他の600番代、700番代との連結は出来ない特徴があります。塗装色は「エーデル鳥取」と同じ色で、リバーシブルしたものとしています。先述の改造である為、番代区分は800番代(展望室、トイレ付)、1800番代(展望室、トイレ無し)、トイレ付中間車代用810番代(2両改造)、トイレ無し中間車代用1810番代(2両改造)となっています。
エーデルでの運用終了後は夜行列車の急行「だいせん」に使用され、平成16年に「だいせん」廃止により、失職し、廃車となっています。

キハ58 649(1位側) キハ28 2490(2位側)

「レインボー」
JR四国が本四備讃線(瀬戸大橋線)開業に合わせて一般団体向けの団体専用車輛として昭和63年に改造した車輛です。同じ帯デザインで、水色と緑色とした修学旅行向けの「旅立ち」がありました。
車内をリフレッシュ改造し、座席をテーブル付リクライニングシートに変更、モニタ装置付きカラオケ装置を前位側に設置。この部分の窓は埋められています。種車の番号は変更しておらず、キハ58形式、キハ28形式共に2両ずつ改造されました。
時折、普通列車にも使用されており、土讃線を中心に見る事が出来ました。




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