
諸 元
| 最大長 | 21300mm |
| 最大幅 | 2900mm |
| 最大高 | 4077mm |
| 機 関 | DML30HSH形式(440PS) |
| 制御方式 | 電磁自動空気ブレーキ方式(CLE応荷重装置付き) |
| 動力伝達方式 | 液体式 |
| 動力台車 | DT43形式 |
| 附随台車 | TR226形式 |
車内設備など
| 座 席 | 転換式クロスシート、ロングシート |
| 乗降扉(片側) | 2扉 |
| 便所の有無 | あり |
| その他 |
概要
昭和50年に山陽新幹線博多開業を控え、筑豊・北九州地区の新幹線連絡輸送、輸送改善を目的に昭和49年に登場した系列です。
当時の急行形車輛であるキハ58系のグレートアップを目指した設計となっており、接客設備、動力の性能は大きく上回っているのが特徴です。急行列車としては昭和55年まで使用され、その後は筑豊地区の普通列車に活躍しました。
車体は急行形車輛と同じ、21m級の大型車体で、キハ66形式+キハ67形式の2両で1ユニットを組む形態となっています。運転台はキハ58系パノラミックウィンドゥ車やキハ65形式に似たものとしていますが、踏切事故対策が強化されており、運転台は更に高い位置に変更されています。後に登場するキハ40系等にも引き継がれています。
乗降扉はやや中央寄りにあり、両開き扉が設置され、客室窓にはユニットサッシ窓を採用した他、一般形気動車では初となる電動式行先表示器が採用されています。
車内は急行形と近郊形の中間的なものとなり、乗降扉付近をロングシート、他を転換式クロスシートを配しています。当時、転換式クロスシートを使用した例は新幹線を除いて存在せず(過去にはあったが廃車済み)、急行形を超える新幹線並みの設備を持つ車輛として話題になりました。冷房装置は新製時より装備しており、一般的な分散式冷房装置ではなく、通勤形や近郊形電車で実績のあるAU75形式集中式冷房装置が搭載され、ダクトを介して乗務員室にも冷気が供給する設計は乗務員作業環境の大きな改善を行っています。
塗装色は登場時は一般形気動車に使用される朱色4号とクリーム4号を急行形の塗り分けとしたものでしたが、昭和53年の規定改正で、急行形に用いる赤11号、クリーム4号の組み合わせに変更となっています。
エンジンはキハ91系を始祖とし、キハ65形式、キハ181系で採用された大出力エンジンDML30HS(500PS)をベースとした過給器付きのDML30HSH形式を搭載しています。ベースとなったDML30系エンジンは当時の気動車用エンジンとしては最も高出力でしたが、メンテナンスや冷却系が脆弱である等の問題があり、オーバーヒートをはじめとしたトラブルが絶えなかった事から、対策を講じた上で440PSに出力を落とし、トラブルを低減しています。特に冷却系の対策は屋根上に冷却ファン、屋根側面にラジエーターの熱を奪う強制通風式の冷却機構を搭載する重装備としています。
国鉄からJR九州へ全車継承され、燃費とメンテナンス面で問題があり、老朽化も進んでいた事から、平成5年にDML30HSH形式から新潟鐵工所製のDMF13HZA形式(420PS)に換装しました。この換装により、メンテナンス、軽量化、燃費の向上が図られ、この際に騒音の発生源ともなっていたファンやラジエーター等の撤去が実施され、屋根上は冷房装置のみとなり、外観に大きな変化が見られました。
製作時は国鉄の台所事情と過大な自重により等級の低い線区への入線が難しく、また試作的要素も強かった事から増備は行われず、2両編成15本で終わりました。北九州地区を中心に活躍し、JR九州へ移行後も継続。平成13年に筑豊本線、篠栗線電化開業により、長崎地区へ移動。令和3年に営業運転を終了し、現在はトップナンバーの1番編成が保留車扱いとして残存しています。
![]() |
![]() |
| キハ66 7(2位側) | キハ67 12(1位側) |
キハ66 1~
キハ67形式とユニットを組む片運転台構造の車輛です。後位側にトイレの設備を備えています。
キハ67 1~
キハ66形式とユニットを組む片運転台構造の車輛で、トイレの設備がありません。床下に冷房及び暖房用のディーゼル発電機を搭載しています。