
有蓋車(ゆうがいしゃ)とは?
有蓋車とは、車体に「蓋(ふた)のある貨車」を言います。蓋とは「屋根」を言い、屋根のある貨車を有蓋車と言います。鉄道が産声を上げ、貨物輸送が始まると風雨にさらされては困る貨物を運ぶ方法として生まれました。
外観は箱型が一般的な形で、材質は木製又は鉄製となっています。我が国では識別の為、ワゴン(Wagon)を意味する「ワ」という記号が付けられています。
我が国に鉄道が走り始めてからポピュラーな存在でしたが、高速化に対応しきれず、徐々にコンテナ輸送に転換され、平成24年にその役目を終えました。現在は救援車の代用車(機材類の倉庫)に僅かに残されている程度となっています。
有蓋車は先程、「風雨にさらされては困る貨物」を運ぶ貨車。と説明しましたが、その貨物は千差万別で、鮮度を保つ必要があるもの、発火し易いものなどあります。それら貨物を運ぶ為に、貨物に応じた設計をした有蓋車もありました。このような仕様のある貨車を「物資別適合貨車」(略して物適車(ぶってきしゃ))と言います。この貨車は有蓋車を意味する「ワ」ではなく、それぞれを意味する記号が付けられています。
有蓋車の基本的な名称
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有蓋車の各部の基本的な名称は写真の通りになります。
屋根・・・有蓋車の基本となるもの。車内を見ると垂木で支えられています。中には開閉する車輛やスライドによって開閉する車輛があります。
妻板・・・前後に設置されるもので、屋根の支えにもなります。
側板・・・側面に設けられるもので、一般的な有蓋車では貨物を傷めないように内側は妻板、床板を含めてベニヤ板が貼られています。(内部写真は鉄製有蓋車なので無い。)
側引戸・・・貨物の積み卸し時に開口部となる部分。基本はスライド式ですが、冷蔵車等では観音開き式もあります。また、側板が可動し、開口部に出来る有蓋車もあります。
床板・・・台枠の上に板を敷き詰めてつくられる部分。
走り装置・・・二軸車は車体に直接設置されるのでこのような呼び名となります。
側ブレーキ・・・留置や突放時に使用するブレーキ。てこの原理で作用させます。
ワム3500形式15t積み有蓋車
| 諸 元 | |||||
| 全 長 | 7791mm | 走り装置 | 1段リンク式、シュー式 | その他 | |
| 全 幅 | 2743mm | 台 車 | 特殊標記符号 | ||
| 全 高 | 3718mm | 専用種別 | |||
大正6年から大正14年にかけて11873両が製作された有蓋車です。登場時はワム32000形式でしたが、昭和3年の車輛称号規定改正によりワム3500形式となりました。
車体は支柱を鋼製とし、側面などは木製とした当時の標準的な設計です。ワム23000形式(初代)(後のワム1形式)とほぼ同じですが、車軸を短軸から長軸に変更した為、新形式となりました。荷役用引戸は初期車は木製、後期車は鋼製となっています。走り装置は1段リンク式でしたが、バネ折れ事故が多発したため、後期車ではシュー式に質を落としているのが特徴です。
汎用有蓋車として活躍。昭和40年頃から廃車が始まり、昭和43年のダイヤ改正で行われた高速化改造(運転最高速度を75km/hにする)では、経年が高い事を理由に対象とならず、晩年は北海道で活躍しました。
改造された車輛も多くあり、スム4500形式鉄側有蓋車、カム1形式家畜車、トム1形式無蓋車、トム5000形式無蓋車、ヒ300形式控車、ヒ600形式控車、サ100形式工作車、エ500形式救援車があります。
写真は京都鉄道博物館に保存されている車輛で、荷役用引戸が鋼製、走り装置がシュー式の後期車です。
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| ワム7055(2位側) |
ワム90000形式15t積み有蓋車
| 諸 元 | |||||
| 全 長 | 7850mm | 走り装置 | 二段リンク式 | その他 | |
| 全 幅 | 2742mm | 台 車 | 特殊標記符号 | ||
| 全 高 | 3740mm | 専用種別 | |||
戦後、二軸貨車の速度向上を図る研究が始まり、昭和27年に「二段リンク式」が高速かつ安定性がある走り装置。という結果が出ました。この結果を受け、翌年の昭和28年に昭和13年に登場したワム23000形式の走り装置を二段リンク式に改造し、形式をワム90000形式にしたのが始まりです。90000と番号が大きいのは試作車に用いられる「9」を使う事で、試作的意味合いがあると言われています。
昭和29年より新製車が登場。一方で、ワム23000形式の改造も進められ、新製車登場以降に改造された車輛は原番号に100000番を加えるようになりました。この他にトキ900形式、ワム50000形式からの改造車もありました。
戦後の代表的な有蓋車の1つであり、長らく活躍。昭和61年に形式消滅しています。
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| ワム139568(4位側) |
ワム70000形式15t積み有蓋車
| 諸 元 | |||||
| 全 長 | 7850mm | 走り装置 | 二段リンク式 | その他 | |
| 全 幅 | 2743mm | 台 車 | 特殊標記符号 | ||
| 全 高 | 3722mm | 専用種別 | |||
有蓋車へ貨物を積み下ろしは人海戦術であり、大変な手間を要していました。戦後、荷役作業に一役買う機械が開発され、ベルトコンベア等を用いましたが、貨車に積込むのは人の手が必要でした。その様な荷役作業を大幅に改善した「パレット荷役」が生まれました。
このパレット荷役とは、パレットと呼ばれる板状の上に貨物を載せ、パレットをフォークリフトで貨車やトラックに載せる画期的な方法です。この方法が普及すると時間短縮など大きな改善になりました。が、当時の有蓋車は片開き構造で間口が狭いもの。パレット荷役に対応しておらず、荷主から改善を求める声が上がりました。
この声に応えるべく、ワム90000形式をはじめとした有蓋車のフルモデルチェンジを実施。輸送体系の近代化、新しい製造技術の導入を行い、昭和33年に登場したのがワム70000形式です。5710両が製作されました。
車体は全鋼製となり、側面引戸や妻面にプレス加工技術を用い、強度向上、軽量化を図った構造としました。特徴はフォークリフト荷役にも対応した側扉です。従来は1700mm片引戸でしたが、2300mmに拡大。両開き引戸にしました。
鉄道貨物輸送の近代化に大きな功績を残した貨車の一つですが、昭和59年のダイヤ改正で貨物輸送の輸送体系を大きく見直した為、本形式は強制的に廃車となり、形式消滅しています。
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| ワム72138(4位側) |
ワム60000形式15t積み有蓋車
| 諸 元 | |||||
| 全 長 | 7860mm | 走り装置 | 二段リンク式 | その他 | |
| 全 幅 | 2885mm | 台 車 | 特殊標記符号 | ||
| 全 高 | 3700mm | 専用種別 | |||
昭和33年に有蓋車のフルモデルチェンジを行い、プレス加工技術を用いる等近代化を図ったワム70000形式。このワム70000形式を更に設計の合理化、機械荷役への適合を図った形式として昭和36年に登場しました。8580両が製作されました。
ワム70000形式と同じく全鋼製(車内の内張りは木製)で、側扉や妻面はプレス加工鋼板を用いていますが、部材の接合をワム70000形式ではリベット接合でしたが、全て溶接方法にしました。軽量化、コストダウンが特に求められた為、汎用規格の鋼材を用いた他、ワム80000形式(2代目)の妻面を流用(61300以降は専用品を使用。)等が行われました。台枠はワム80000形式(初代)で試みられた構造を改良したものを採用し、従来車とは異なるものとなっています。
フォークリフト等による機械荷役をよりし易いように、開口部の拡大を図った他、扉上部に雨樋を設置。屋根形状は角屋根から丸屋根に変更し、断熱性能を高める改善が施されています。
初期の1300両(ワム60000~61299)は妻面の部材の関係で、側面が凹んだ形となっていて「額縁」とも呼ばれていました。
派生形式では、ヤ400形式職用車があります。信号機器を輸送する貨車で、ワム60000形式に荷役用のホイスト(クレーン)の設置などの改造を行いました。改造を行わず、信号機器の消耗品等を運ぶ目的で転用をした車輛もありました。
昭和59年のダイヤ改正で輸送体系の見直しが実施され、本形式も強制的に廃車されました。ほぼ壊滅状態となりましたが、ケ10形式検重車の補助機器輸送用に使われていた車輛が奇跡的に生き残り、JR東日本、九州に継承され、平成13年まで活躍をしていました。
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| ワム67501(1-3位側) | ワム66172(4位側) |
ワラ1形式17t積み有蓋車
| 諸 元 | |||||
| 全 長 | 8040mm | 走り装置 | 二段リンク式 | その他 | |
| 全 幅 | 2840mm | 台 車 | 特殊標記符号 | ||
| 全 高 | 3770mm | 専用種別 | |||
高度経済成長期にある1960年代、鉄道貨物輸送量は日々増加の一途でした。この貨物を捌く為には、従来の車輛では連結数を増やすだけ。無尽蔵に連結も難しい事から、ワム60000形式を最大限まで大きくする発想に至り、昭和37年に登場したのがこのワラ1形式で、17367両製作されました。規格の最大値で設計した車輛を「極限設計車」と言います。一見すると良い形ですが、大きさ、重量で入線出来る線区が限られる等の問題もあり、タンク車でも採用例が僅かとなっています。有蓋車では当形式が唯一の例でした。
車体はワム60000形式と同じ、全溶接鋼製車体で、各部の寸法を二軸車の限界値にしているのが特徴です。床板や内張りを薄くする事で自重増加を防いでいます。車体長が伸びた為、軸距離も拡大。安定した走行性能を確保しています。
試作車は1と2番で、量産車は100~17464となっています。私鉄では東武鉄道、越後交通で同一設計のワラ1形式を所有していました。
昭和59年に多くが強制的に廃車され、用途が指定されていた僅かな車輛が生き残り、昭和62年まで活躍していました。
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| ワラ8390(4位側) |
レム5000形式15t積み冷蔵車
| 諸 元 | |||||
| 全 長 | 8880mm | 走り装置 | 二段リンク式 | その他 | |
| 全 幅 | 2777mm | 台 車 | 特殊標記符号 | ||
| 全 高 | 3702mm | 専用種別 | |||
1960年代に入り、国鉄の貨物輸送量は右肩上がり。更に改善をすべく新型貨車の開発、荷役作業の機械化等の課題に取り組んでいました。この流れは冷蔵車にも及び、当時の主力であったレ12000形式の後継車となる冷蔵車が計画され、昭和39年に登場したのが当形式です。
冷蔵車では初の15t積みとなります。同じ「レム」という形式記号を持つ形式にレム1形式、レム400形式がありましたが、この2形式は軽保冷車というもので、保冷性能が低く荷主からは不評でした。レム5000形式を登場するにあたり、「レム」=保冷性能の低いもの。という悪いイメージがあり、国鉄では払拭する為に従来車とは異なる事をアピールする為、車体に青帯を巻いた姿となりました。
昭和50年代に入ると鮮魚輸送は急速に衰退し、昭和61年に形式消滅しました。
写真は北海道地方で見つけた倉庫として使われている廃車体(ダルマ)です。晩年は断熱性能の高さを活用し、ビール輸送に使われていましたが、そのうちの1両なのでしょうか。
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| レム6335(4位側) |
レムフ10000形式16t積み冷蔵緩急車
| 諸 元 | |||||
| 全 長 | 13700mm | 走り装置 | その他 | ||
| 全 幅 | 2777mm | 台 車 | TR203形式 | 特殊標記符号 | |
| 全 高 | 3656mm | 専用種別 | |||
昭和40年代に入り、高速道路網が整備され、冷蔵車が担ってきた鮮魚輸送がトラックにシェアを奪われるようになりました。国鉄では低下を食い止めるため、高速貨車の冷蔵車を計画しました。それがレサ10000系冷蔵車で、昭和41年に登場しました。レムフ10000形式はレサ10000形式に車掌室を付けた貨車です。10000系高速貨車シリーズの1つで、下廻り構造は空気ばね付き台車のTR203形式を履き、応答性の優れたCLE(応荷重装置付き電磁自動空気ブレーキ)方式を採用しています。
レサ10000形式は24t積み冷蔵車で、レム5000形式とほぼ同じ構造。中間に仕切りがあり、12tずつ積める部屋があります。レムフ10000形式は貨物室の荷重を8tと小さくし、車端部に車掌室を設置したもので、構造的には同じです。車掌室は青色15号で塗装。車内はトイレ、石油ストーブ、業務用机などの設備があります。
写真は埼玉県にある鉄道博物館に保存されている車輛です。
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| レムフ10000(2位側) |
ワム80000形式15t積み有蓋車
| 諸 元 | |||||
| 全 長 | 9650mm | 走り装置 | 二段リンク式 | その他 | |
| 全 幅 | 2882mm | 台 車 | 特殊標記符号 | ハ | |
| 全 高 | 3703mm | 専用種別 | |||
有蓋車の荷役作業は人の手で行われており、労力と時間を要していました。改善すべく、フォークリフトとパレットによる機械化荷役方式が考えられ、従来車とは異なる規格で昭和32年にワム80000形式(初代)が3両試作され、量産化の実現に向けて研究が行われました。この結果を元に改良を施した量産車として昭和35年に登場したのが、ワム80000形式です。ワム80000形式(初代)はワム89000形式に変更されています。
初代ワム80000形式よりも車長を延長し、容積を増やし、パレットの重さを含めて荷重15tを実現。15t積み有蓋車を示す「ワム」にパレット荷役用を示すための小文字「ハ」が添えられ、「ハワム」(当初はパ)と表記され、現場でもハワムやワムハチの愛称で呼ばれ、パレット荷役の評判の良さも相まって、改良を加えながら増備。鮮魚、ガラス、ビール、木材チップ等の物資別適合貨車も加わり、昭和56年までに26605両も製造され、二軸貨車のベストセラーとなりました。
昭和59年ダイヤ改正においてヤード集結形輸送方式の廃止により、多くの有蓋車が失職する中、本形式は多くが生き残り、国鉄からJR貨物へ移行後も活躍をしました。また、事業用車の代用で旅客会社へも引き継がれています。
荷役効率は高いものの、運転最高速度が75km/hという低さ、車輛の老朽化等の理由で、徐々にコンテナ輸送に転換。平成24年に営業としての運用は終了。事業用車として籍を置く車輛が僅かに残っていました。
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| ハワム82506(2位側) | ハワム183278(3位側) |
ワム80100~82899(第1次量産車)
試作車の結果に基づいて細部を改良したグループで、昭和35年に登場しました。主な改良は連結器のてこの作用方式、緩衝器の変更、側ブレーキの設置位置を中央部から、4位側に移しました。車体色はパレット荷役を示すとび色2号(薄茶色)が引き続き採用されています。写真は北海道小樽市にある小樽市立総合博物館に保存されている貴重な1両です。
ワム83000~88999、180000~188801(第2次量産車)
昭和43年10月のダイヤ改正(ヨンサントウ)では、貨物列車の高速化が実施されます。運転最高速度を65km/hから75km/hに変更され、2軸貨車では走り装置を2段リンク化する事で高速化に対応しましたが、戦前製など対応出来ない貨車は殆どが廃車される事になり、これら車輛の代替補充、近代化を兼ねて増備されたグループです。側ブレーキが4位側のみであったものを1位側にも設置し、突放時のブレーキ扱いの安全性を高めました。この他、屋根をプレス構造に変更しています。
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| ハワム286634(3位側) | ハワム284129(2位側) |
ワム280000~288499(走行安定対策車)
昭和50年に登場したグループで、280000番代と呼ばれ8500両が製作されています。従来車のマイナーチェンジ車で、走行性能を安定させる為に軸距離、台枠構造の変更を行っています。また、軽量化の為、引戸をアルミ製に変更。屋根は車体色よりも薄い茶色が塗られていますが、耐腐食性ポリエステル樹脂を塗装している為です。このグループの大半がJR貨物へ引き継がれ、活躍をしました。
営業車として役目を終えた車輛は車輛基地や工場の救援車、配給車の代用車やゴミを運ぶ車輛等として活躍。写真右はポピュラーな姿で、白帯を巻いて役目を表記した車輛です。
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| ハワム380002(1位側) | ハワム380064(2位側) |
ワム380000~380499(保守向上車)
280000番代のメンテナンス軽減を図る目的で、車軸の軸受を平軸からコロ軸に変更したもので、平成3年から500両が改造されました。車体色はJR貨物のコーポレートカラーである貨物ブルーに変更されている他、走行抵抗が小さくなった事から「転動防止注意」の表記が側ブレーキのてこがある1位側、4位側の裾部に表記されています。
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| ハワム284487(4位側) | ハワム285890(4位側) |
この2両はJR貨物発足後に見られたPR貨車です。車体をコーポレートカラーの水色に変更し、扉部分に「未来を拓くJR貨物」や「パワー全開JR貨物」等の文言が書かれていました。この他にも従来の貨車には見られなかった奇抜な塗装を施した車輛もありました。
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| ハワム286955(3位側) | ハワム287506(3位側) |
国鉄(JR貨物)が所有する有蓋車や無蓋車は汎用であり、風来坊のように全国津々浦々を旅しています。なので何処かの駅に属するというものがありません。しかし、特定の貨物を運ぶ貨車として指定される事があり、その場合には管理局(JRでは支社)の表記(写真左では「水」=水戸鉄道管理局)と常備する駅を表示していました。
写真右は配給車代用になった例で、JR貨物広島車両所に所属していたもの。「SUPPLY LINE」と書かれていますが、直訳すれば供給ラインという意味。補給部隊という事でしょう。
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| ハワム380421(3位側) |
380000番代にあった「名古屋色」と呼ばれた濃い目の青色に塗装されたもの。JR貨物名古屋車両所で改造を受けた車輛に見られたもので、コアなファンの間では有名な車輛でした。
ワキ10000形式30t積み有蓋車
| 諸 元 | |||||
| 全 長 | 15650mm | 走り装置 | その他 | ||
| 全 幅 | 2984mm | 台 車 | TR203形式 | 特殊標記符号 | |
| 全 高 | 3704mm | 専用種別 | |||
鉄道が貨物輸送の独断場であったのは戦後から少し経過した時まで。道路の整備が進みトラックや内航海運にシェアを奪われていきました。これに危機感を感じた国鉄は貨物列車の高速化を図る為、運転最高速度100km/hの高速貨車の開発を始めました。コンテナ車、冷蔵車、そして有蓋車が設計され、形式に10000を使用した事から「10000系貨車」と呼ばれます。
ワキ10000形式は昭和40年に登場した有蓋車で、側面は全て開閉可能とした総開き構造。強度を確保する為、台枠の中央部を魚腹構造としています。車体は扉部を除いて黄緑6号(写真の青い部分)とし、台車は貨車用として初めてとなる空気ばねを採用したTR203形式を履いています。ブレーキ装置も電磁弁を用いて、応答性を高めたCLE方式(応荷重装置付き電磁自動空気ブレーキ)が採用されています。
当初は高速特急貨物列車にコンテナ車と共に活躍。ワキ10000形式は混載貨物を主にした小口輸送を担っていましたが、昭和45年に客車と共に運用する為、荷物車としても兼用できるようにワキ8000形式に改造。昭和50年代に入ると小口貨物のコンテナ化で需要が減少。
余剰車を活用して、昭和60年に愛車と共に旅が出来る「カートレイン」が登場。その際の自動車積載用に一部の車輛が改造され、この他の余剰車は廃車されています。
カートレインも当初は人気でしたが、積載出来る自動車が限定され、その車種が少ない事。長距離(九州や北海道方面)でありながら、食堂車の連結も無く、車内販売も無い(発駅で事前に購入か、指定駅で僅か数分程度の買い物しか出来ない)等サービス面での悪さがあり、利用客は次第に離れていきました。晩年はJR北海道で再起をかけて運転されましたが、これも振るわず。平成19年に全車が廃車され、形式消滅しています。
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| ワキ10182(4位側) |
ワキ5000形式30t積み有蓋車
| 諸 元 | |||||
| 全 長 | 15850mm | 走り装置 | その他 | ||
| 全 幅 | 2882mm | 台 車 | TR63形式、TR220形式 TR216形式 |
特殊標記符号 | |
| 全 高 | 3695mm | 専用種別 | |||
小口貨物、混載貨物を輸送する特急貨物列車に使用されていたワキ1形式、ワキ1000形式の後継車種として昭和40年に登場した有蓋車です。
ワム80000形式の拡大形式という話はありますが、同時期に製作されたワキ10000形式の車体構造を採用したもので、ワキ10000形式の派生形式となります。車体構造はワキ10000形式とほぼ同じ。車体はパレット荷役用を示すとび色2号です。
台車は特急貨物列車用のコンテナ車チキ5000形式(初代)(後のコキ5500形式)と同じTR63形式を採用し、運転最高速度を85km/hとしています。
貨物輸送ではJR貨物に入り、コンテナ化で置き換えられる形で徐々に姿を消し、平成9年に終了。JR貨物所有車は平成14年に廃車。JR北海道、西日本に救援車代用として残っていましたが、平成30年にJR北海道所有車が廃車となり、形式消滅しています。
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| ワキ5254(3位側) | ワキ5847(1位側) |
初期車
ワキ5000~5099番は先行量産車、ワキ5100~5414番が初期量産車となります。ワキ10000形式試作車をベースに設計されており、外観では丸屋根が特徴になります。台車は概要で説明の通り、TR63形式を採用していますが、構造に難があり、途中で改修を行ったTR63F形式、TR63DF形式に変更しています。
写真はワキ5185~5264番のグループで、TR63D形式台車を履いています。この台車に特徴があり、軸受をよく見ると他よりも大きい。これは新幹線の使用済み車軸を再利用したもので、他に採用例が少ない珍しい車輛となっています。
後期車
昭和41年に登場したワキ5415~6231番のグループです。初期車の設計を改良したもので、軽量化と製作工数削減の改良が行われており、屋根が角屋根に変更になっているのが大きな特徴となっています。
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| ワキ6299(4位側) | ワキ35453(3位側) |
後期車(TR220形式・TR216形式台車)
本形式の履くTR63形式台車は、制輪子が摩耗するとブレーキの聞き具合が悪くなる為、ブレーキ引き棒という部品により圧着状態を維持させます。保つために自動調整が望ましいのですが、ねじ式という人が確認し、調整するものでした。この為、聞き具合が低下すると共に、構成する部品が振動で金属疲労し、破損する問題がありました。この問題を解決すべく、ホキ2200形式で使用されるTR211形式台車を両抱え式にしたTR220形式試作台車を製作し、昭和44年にワキ6232~6234番の3両で試験を開始。その結果を基に製作された量産車にあたる車輛は台車とブレーキ装置を大幅に改良しました。振動対策では上下動だけではなく、左右に働く蛇行動も抑える改良が加えられたTR216形式台車を履いています。
30000番代
昭和60年に登場した番代で、後期車を325両改造したもの。輸送する貨物を新聞紙印刷用ロール紙を専用とする為、室内の突起物を撤去し、床板を補強したもので、原番号に30000番を加えています。関東地方と北海道で使用され、片道はロール紙、帰りは混載貨物を運びました。
ワキ50000形式30t積み有蓋車
| 諸 元 | |||||
| 全 長 | 15650mm | 走り装置 | その他 | ||
| 全 幅 | 2882mm | 台 車 | TR203形式、TR223B形式 | 特殊標記符号 | |
| 全 高 | 3695mm | 専用種別 | |||
昭和52年にワキ10000形式を改造した形式で25両が改造されました。登場の経緯は東京~九州間の特急貨物列車が削減され、コキ10000形式からコキ50000形式に置き換えた列車が多数運転される事になりました。このコキ50000形式とワキ10000形式が併結運転可能にする為、本形式が登場しました。新製車を想定していたのか、改造された車輛は59000番代に割り振られており、0番代が新製車としていたそうです。新製車は製作されていません。
改造内容ですが、主にブレーキ装置の変更で、CLE方式から電磁弁を持たないCL方式(応荷重装置付き自動空気ブレーキ)に変更しました。10000系貨車は空気ばね付き台車のTR203形式を履いていますが、この空気ばねの空気の供給元は10000系時代は元空気ダメ管(MR管)という、機関車でつくられた圧縮空気を使っていました。この為、ブレーキ作用に使用する圧縮空気はブレーキ管(BP管)で別系統となっています。10000系貨車のみで組成すると2つの系統がある。という事がご理解出来ましたでしょうか。
10000系貨車を別の貨車と組成するとどうなるでしょう。BP管のみとなり、空気ばね圧縮空気の供給管はありません。空気が無い状態では走行に問題がある為、BP管から圧縮空気を拝借する形を採用しました。ワキ50000形式の改造はこの様な形です。自動空気ブレーキのBP管は圧縮空気を排気する事でブレーキを作用させる仕組みです。空気ばねの空気に使うというのは排気をしているのと同じ作用にあたります。つまり、数が多いとブレーキがかかってしまう恐れがある事になります。故に10000系貨車も含めてになりますが、空気ばね付き台車を履いた本形式も連結出来る両数が制限されています。その制限も昭和58年にコキフ50000形式との台車交換により、TR223B形式となって解消されています。
ブレーキ装置の変更の他、車体色の変更が行われており、ウグイス色(黄緑6号)からとび色2号に変更しています。
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| ワキ59013(3位側) | ワキ59009(2位側) |
種車となったワキ10000形式は丸屋根が特徴の前期車(写真左)が主で、6両のみ角屋根構造の後期車(写真右)から改造されています。晩年は小型コンテナ輸送に活躍し、平成7年に形式消滅しています。
ワ100形式13t積み連接式有蓋車
| 諸 元 | |||||
| 全 長 | 14200mm+12200mm+ 14400mm |
走り装置 | その他 | 連接構造車 | |
| 全 幅 | 2500mm、2490mm、2540mm | 台 車 | FT1A形式 | 特殊標記符号 | |
| 全 高 | 3650mm | 専用種別 | |||
トラックから鉄道、船舶から航空機など異なる輸送機関による貨物輸送の際に、クレーンやフォークリフト等を介した荷役作業を用意る事無く、相互直通を可能とした輸送方式を「インターモーダル輸送(複合一貫輸送)」と言い、コンテナ輸送が代表的です。海外ではコンテナではなく、セミトレーラーを用いた方式があり、この輸送方式を試みた試作車として平成4年に登場したのが本形式です。
トラックに鉄道用台車を履かせて、貨物の移し替え作業を無くす。というもので、1960年代から試験、研究が行われており、フレキシバン方式、カンガルー方式等が考案され、試作車が製作されましたが、特殊構造による費用面、保守面で難しい課題が立ちはだかり、導入が厳しく、実用化には至りませんでした。
本形式は3両が製作されました。デュアル・モード・トレーラー(Dual Mode Trailer:DMT)と愛称が付けられています。
車体は道路走行用のアルミボディバン型のセミトレーラーで、鉄道走行時に加わる引張力等に耐えられる構造となっています。側面には「DMT」を図案化したロゴマークが描かれています。トレーラーの鉄道モードは、前後に台車を装着する方法で、中間部は1つの台車で2つの車体を支持し、連接車となります。3車体を4つの台車で支持します。台車には「アダプターフレーム」と呼ばれる、鉄道車輛の台枠車端部に相当するものがあり、連結器やブレーキ装置等の走行する為に必要な機器類を集約しています。
平成5年より試験を実施しましたが、コンテナ輸送の進展(ISOコンテナ導入推進等)、各種法律の問題等の課題が残り、そのまま試験終了。平成14年に車籍が抹消されています。
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| ワ100-903(3位側) |
テラ1形式17t積み鉄製有蓋車
| 諸 元 | |||||
| 全 長 | 7920mm | 走り装置 | 二段リンク式 | その他 | |
| 全 幅 | 2806mm | 台 車 | 特殊標記符号 | ||
| 全 高 | 3662mm | 専用種別 | 生石灰 | ||
有蓋車の物資別適合貨車の1つで、水分を嫌い、水分による化学反応で発熱を起こす生石灰を運ぶ為に設計されたのが鉄製有蓋車です。特徴は床板、側板、屋根全てを鉄製としており、万が一発熱を起こしても、貨車の火災を防ぎ、被害を最小限に留める事を目的としています。
テラ1形式は昭和38年に登場した鉄製有蓋車で、最後の新製形式でもあります。15t積みであったテム300形式をベースに、新しい車輛限界を採用し、車体を大きくしたもの。台枠等の軽量化を行っており、テム300形式よりも僅かに軽くなっています。
車体は袋詰めの生石灰をぴっちり積めるように、側柱を外側に配しているのが特徴です。また、側引戸は粉塵の詰まりを防ぐ為、吊るし戸となっています。
昭和61年に形式消滅しています。写真は三重県いなべ市にある貨物鉄道博物館に保存されている貴重な1両です。
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| テラ146(4位側) |
ワフ21000形式2t積み有蓋緩急車
| 諸 元 | |||||
| 全 長 | 7830mm | 走り装置 | 一段リンク式、二段リンク式 | その他 | |
| 全 幅 | 2640mm | 台 車 | 特殊標記符号 | ||
| 全 高 | 3680mm | 専用種別 | |||
国鉄の前身である鉄道省時代の昭和8年に登場した有蓋緩急車です。二軸客車を改造したヨ1形式やヨ1500形式車掌車の置換えを目的に製作されました。
初めての鉄製有蓋緩急車で、乗務員の作業環境を大きく改善(とはいえ、当初は電灯、ストーブはなく、戦後に設置)しているのが特徴。当時の15t積み有蓋車と同じ大きさですが、貨物室を2t積みとしています。昭和43年のヨンサントウで一段リンク式から二段リンク式に改造し、運転最高速度を75km/hとしています。未改造の車輛もあり、この車輛は100000番を形式に加え、ワフ121000形式に変更。低速車を意味する記号「ロ」と黄色の帯を窓下に配しました。昭和60年に全車が廃車となり、形式消滅しています。
写真は岐阜県にある西濃鉄道へ譲渡され、平成14年に廃車となった車輛で、現在は三重県いなべ市にある貨車鉄道博物館に保存されている貴重な車輛です。
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| ワフ21120(2位側) |
ワフ22000形式2t積み有蓋緩急車
| 諸 元 | |||||
| 全 長 | 7830mm | 走り装置 | 一段リンク式、二段リンク式 | その他 | |
| 全 幅 | 2640mm | 台 車 | 特殊標記符号 | ||
| 全 高 | 3685mm | 専用種別 | |||
大正時代に製作されたワフ3300形式など老朽化した木製緩急車(車掌車)の置換えを目的に昭和22年に登場した形式。戦前製であるワフ21000形式に準じた設計を採用しており、ほぼ同じ外観です。異なるのは車軸が短軸である事、車体を溶接で組立てている点です。
この形式も当初は電灯、ストーブは設置されておらず、昭和38年に車軸発電機、蓄電池、電灯、ストーブを設置しグレートアップしました。昭和43年ヨンサントウでは、一段リンク式を二段リンク式に変更し、スピードアップを図った一方、未改造車はワフ122000形式に変更されています。
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| ワフ22775(3位側) |
ワフ29500形式5t積み有蓋緩急車
| 諸 元 | |||||
| 全 長 | 7850mm | 走り装置 | 二段リンク式 | その他 | |
| 全 幅 | 2712mm | 台 車 | 特殊標記符号 | ||
| 全 高 | 3710mm | 専用種別 | |||
昭和30年に登場した有蓋緩急車で、ワフとして最後の新製形式として知られています。
この頃のローカル線では貨物取扱量が少なく、小型の蒸気機関車の牽引定数(機関車が一度で牽引出来る重量を表した数値)が小さい事もあり、有蓋緩急車は重宝な存在でした。この有蓋緩急車も、貨物を多く載せるか、車掌室を広くするかのどちらかであり、この中間的存在としてワフ29000形式が登場しました。荷重は7t、車掌室もそこそこの広さを確保しましたが、デッキ構造ではない点が車掌から不便と指摘があり、人気は今一つ。そこで、本形式では荷重を5tにし、車掌室はデッキ構造。室内も作業用机、電灯設備、石炭ストーブ完備とハイグレードな仕上がりで、大人気となったようです。
有蓋緩急車は小口貨物の輸送だけではなく、貴重品輸送、郵便車、荷物車の代用としても活躍しました。しかし、ローカル線の貨物輸送廃止が続き、昭和60年には車掌車の連結廃止に伴い、失職。昭和61年に形式消滅しています。
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