キハ58系急行形気動車

諸 元

最大長  21300mm
最大幅  2944mm
最大高  3925mm
機  関  DMH17H形式(180PS)
制御方式  自動空気ブレーキ方式
動力伝達方式  液体式
動力台車  DT22形式
附随台車  TR51形式

車内設備など

座  席  クロスシート
乗降扉(片側)  2扉
便所の有無  あり
その他  

概要
 キハ58系という呼称は国鉄が定めた制式なものではなく、同一の設計思想に基づいて製作された気動車の形式を趣味的に総称したものです。

 国鉄の蒸気機関車牽引による列車を置換え、速達化、快適性向上等を行う「無煙化」(動力近代化)を推進すべく、昭和28年にキハ45000系(キハ10系)が登場し、準急列車用として昭和31年にキハ55系が登場。走行性能は必要な水準を満たしていた為、急行列車にも早速投入されました。しかし、3等車(現在の普通車)には独立した洗面所が無く、2等車(現在のグリーン車)はリクライニング機構が無い等、急行列車として接客設備面で客車よりも見劣りするものでした。
 そこで、キハ55系の同等の性能を持たせつつ、急行列車用として十分な設備を持つ気動車を開発する事となり、本系列が昭和36年に登場しました。
 車体は同時期に登場した153系急行形直流電車、昭和35年に登場したキハ80系の構造が採用されています。規格は153系と同等の拡幅車体となり、キハ55系と比べると100mm拡幅され、裾部は絞り込まれ、雨樋も地上設備に抵触する事を防ぐ為、張上げ屋根構造を採用しました。先頭部の構造は気動車では標準化された貫通構造とし、153系クハ153形式500番代で採用された踏切事故に備えた高運転台構造、貫通扉上に列車種別表示器を設置、運転台窓上部に左右1つずつシールドビームの前部標識灯が配置されました。運転台窓はパノラミックウィンドゥが予定されましたが、コスト面で見送られ(後に安価となったので、採用)、車幅外側一杯までの幅を持つ平面ガラスとしました。
 接客設備では、特急形のキハ80系と同じ浮床構造を採用し、遮音性、保温性を向上。乗降扉は850mmに拡大。トイレと洗面所は車端部をデッキとし、デッキと客室の間にトイレ、洗面所を配置しています。(キロ28形式300番代、500番代は除く)
 エンジンは横形エンジン(水平シリンダー式エンジン)を採用し、床下での整備が可能になり、客室内に必要であった点検蓋を廃止し、一層の静粛性、居住性を向上を図っています。。
 キハ58系急行形気動車は3つに大別でき、北海道向けのキハ56系とも呼ばれる、キハ56形式、キハ27形式、キロ26形式。信越本線向け(横軽対策車)のキハ57系とも呼ばれる、キハ57形式、キロ27形式。そして、本州用とも呼ばれるキハ58形式、キハ28形式、キロ28形式が基本形式として登場しました。これらの中で、キハ56形式、キハ57形式、キハ58形式は駆動用エンジンを2基搭載した車輛で、これ以外は1基の搭載となります。
 昭和36年に登場し、昭和44年までに1818両が製作され、幹線、支線の区別なく、日本全国に気動車による急行列車網を完成させました。この間に設計変更が幾度か行われた他、修学旅行用800番代、エンジンを2基搭載したキロ58形式(グリーン車)も存在しました。
 冷房化は昭和39年のキロ28形式から始まり、キロ26形式、キロ27形式と行われ、昭和44年までにグリーン車は完了。その後、普通車が行われますが、エンジンを2基搭載した車輛は冷房電源の機器を搭載する事が出来ない為、1基搭載の車輛に他車にも給電が出来るシステムを採用しました。
 全国に気動車急行列車網を完成させましたが、1970年代に入ると幹線の電化が急速に進み、電車化や特急列車へ格上げされ、徐々に急行列車の運用が減っていきました。1980年代に入り、老朽化した一般形気動車の置換えも兼ねて、ローカル線普通列車に転用されていきました。
 昭和62年に国鉄分割民営化。2/3程がJR各車に継承され、直ぐに近郊形改造、ワンマン運転対応改造が施され、ローカル線の主役になりました。一方で、アコモ改良を施し、快速列車用になる車輛や、ジョイフルトレインに改造された車輛も多数あります。華やか活躍は長く続かず、老朽化も進み、後継車輛の登場や電化、路線廃止等で、余剰となり淘汰が進められていきました。令和2年に籍を残していた1両が廃車となり、同時に系列消滅しています。

キハ58系(本州用グループ)

キハ58 137(2位側) キハ58 231(2位側)

キハ58 1~312
本州用のエンジンを2基搭載した車輛です。昭和36年に登場し、昭和38年までに312両が製作されました。後位側屋根には水タンクが搭載されています。昭和38年に登場した400番代と同じ、長大編成に対応した装備が加えられ、その車輛の一部には識別の為、乗降扉下部の隅に丸窓を付けていました。

キハ58 674(1位側) キハ58 462(2位側)

キハ58 401~799・1000~1052
急行列車の長大編成化に伴い、自動空気ブレーキの動作遅延、総括制御の為の電源容量、電圧降下の問題があり、連結出来る両数を11両編成と制限を設けました。昭和38年より製作する車輛は400番代からの付番とし、ブレーキ応答性向上、制御回路の改良を施し、外観では乗降扉下部の隅に丸窓が設けられています。尚、800番代は修学旅行用、900番代は試作車に用いる為、799番から1000番に番号が飛んでいます。

キハ28 2110(1位側) キハ28 2174(2位側)

キハ28 1~203
本州用のエンジンを1基搭載した車輛です。床下に余裕がある為、屋根上には水タンクが無く、キハ58形式との識別にもなっています。冷房化の際に電源供給用のディーゼル発電機を搭載。この際に原番号に2000番を加えて識別しています。この発電機は自車を含めて3両まで電源の供給が出来ます。

キハ28 2413(1位側) キハ28 2346(2位側)

キハ28 301~494
キハ58形式400番代と同じ長大編成対応車のグループです。識別の為、乗降扉下部に丸窓が付いていましたが、更新工事等の際に塞がれている車輛も多くあります。このグループも冷房化の際に発電機を搭載しており、原番号に2000番が加えられています。

キハ58 1143(1位側) キハ28 3014(1位側)

キハ58 1101~1143
昭和43年より増備された車輛は「マイナーチェンジ車」と呼ばれるグループで、前面はパノラミックウィンドゥに変更し、スカート(排障器)の装備等の変更が行われ、キハ23系に似た形となり、在来車との印象が大きく異なります。また、冷房化準備工事が実施されており、冷房装置を容易に設置出来るようになっています。また、このグループより暖地向けと寒冷地向けに番号を分けるようになっています。1101~1143番は暖地向けの車輛となります。
キハ28 1001~1024
昭和43年より増備されたキハ28形式のマイナーチェンジ車で、暖地向けの車輛です。キハ58 1101~と同じく冷房化準備工事を実施している他、発電機の搭載準備工事も実施。冷房化後は原番号に2000番を加えています。

キハ58 1503(2位側) キハ28 503(2位側)

キハ58 1501~1534
昭和43年に増備されたマイナーチェンジ車で、寒冷地向けのグループです。暖地向けの車輛と基本は同じで、車内も冷房使用時に窓やベンチレーターが締め切られる事から、換気対策として強制換気方式が採用されています。
キハ28 501~504・1505~1510
キハ28形式マイナーチェンジ車の寒冷地向けグループです。1505~1510番は中央東線で運転された急行「アルプス」用に使用されていたキロ58形式の冷房化の為、新製時より発電機を搭載しており、区分として1000番を加えて登場しています。その後、他車と同じく冷房化した際の付番に合わせて、原番号に2000番を加えた2505~2510番へ再改番しています。

キロ28 2305(2位側)

キロ28 301~308
キハ58系列のグリーン車で、このグループは昭和43年に登場。冷房化準備工事が実施され、発電機は搭載した状態で製作されました。その後、冷房化され2000番が加えられています。写真の車輛は客室窓をユニットサッシ窓化したもの。登場時は一段下降窓でした。

キユニ28 23(2位側) キニ58 1(2位側)

キユニ28 1~28
老朽化の進むキハ10系列及びキハ55系改造の郵便・荷物車の置換えを目的に余剰となったキロ28形式の台枠や走行装置を用いて製作した形式で、昭和52年に登場しました。同時に全室荷物室としたキニ28形式も6両登場しています。
車体は新製されており、当時増備が進められていたキハ40系に近い設計となっています。冷房装置は搭載しておらず、種車の冷房装置や関連機器は搭載していません。1~6番はクリーム4号と朱色4号の一般色で登場しましたが、これ以外は写真の首都圏色と呼ばれる朱色5号で登場しています。(1~6番も後に首都圏色に変更。)昭和61年の郵便・荷物輸送廃止に伴い、全車が昭和62年までに廃車となりました。
キニ58 1~3
常磐線の荷物列車に使用されていたキニ55形式、キニ56形式の置換えを目的にキロ58形式を種車に改造された荷物気動車で、昭和53年に登場しました。常磐線の電車列車等のダイヤ面で支障が出ないよう、2基エンジンを2基搭載した車輛が充てられており、キニ55形式、キニ56形式も2基搭載していました。この事から、本形式も2基搭載したキロ58形式が種車に選ばれています。
車体はキニ28形式に似た、キハ40系ベースの車体ですが、2基エンジンを搭載している為、トイレの水タンクを後位側妻面に設置している点が異なります。昭和61年の郵便・荷物輸送廃止まで活躍しました。写真の1番は群馬県にある碓氷鉄道文化むらに静態保存されています。

キハ58 3001(2位側) キハ58 5002(1位側)

キハ58 3001
平成元年に名古屋と奈良駅を関西本線経由で結ぶ急行「かすが」用にキハ58 714番の座席をリクライニングシート化したキハ58 5714番が登場しました。平成3年に快速「みえ」号用の改造車が登場し、5000番代を名乗る事となり、3000番代に改番した車輛です。
キハ58 5001・5002・5101
名古屋駅と鳥羽駅を結ぶ快速「みえ」号の速達化が実施される事になり、使用されるキハ58系、キハ65形式を運転最高速度110km/h化する工事を実施したグループです。種車が400番代の2両は5000番代、マイナーチェンジ車のパノラミックウィンドゥを持つ1両は5100番代に区分されています。エンジンはカミンズ製C-DMF14HZ(350PS)に変速機と共に換装。台車はキハ82系廃車発生品のDT31C形式空気ばねに換装しています。車内も座席をリクライニングシートに変更しています。

キハ58 6003(2位側) キハ28 6001(4位側)

キハ58 6001~6003
大阪駅と飛騨地方高山駅を結ぶ急行「たかやま」号のアコモ改良車のグループで、平成2年に登場しました。座席をリクライニングシートに変更し、塗装色を専用の色に変更しました。エンジンや台車等の変更は無く、種車のままとなっています。
キハ28 6001・6002
急行「たかやま」号のアコモ改良車のグループで、パノラミックウィンドゥを持つ1000番代(3000番代)が種車となっています。

キロ28 6001(2位側) キハ28 5510(1位側)

キロ28 6001・6002
急行「たかやま」号のアコモ改良車のグリーン車です。種車は6001番が2510番、6002番は2162番です。前者はキロ28形式300番代の最終増備車の1両で、2309~2314番(暖地向け)、2508~2518番(寒冷地向け)に属します。特徴は車体断面形状をキハ65形式に合わせており、それに伴い雨樋の位置が下がっています。後者の2162番は初期の長大編成向けグループに属する車輛で、新製時より冷房化が行われていました。
キハ28 5501~5515
平成3年に七尾線が電化され、その際にキハ58系が余剰となりました。この余剰車を活用するべく、平成4年に播但線の客車列車を廃止し、この置換えに充当。通勤輸送を考え、車内をオールロングシート化したのが5500番代です。キハ58形式も16両が改造されています。(5500番代に変更)平成11年まで活躍しました。

キハ58 7211(2位側) キロハ28 101(4位側)

キハ58 7201~7212
京都駅と北近畿地方を結ぶ急行「丹後」、岡山駅と鳥取駅を結ぶ急行「砂丘」のサービス向上を図る為、アコモ改良、延命工事を実施したグループで、平成3年に登場しました。エンジンや台車は手を加えておらず、車内の座席を0系新幹線から発生したリクライニングシートに変更し、トイレや洗面所をリニューアルしています。急行「砂丘」に運用される車輛のみ塗装変更を行いました。列車の廃止、車輛の老朽化により、平成17年に廃車となっています。
キロハ28 101~104
急行「砂丘」号は4両編成で運転され、1両がグリーン車としていましたが、乗車率が低い為、グリーン席を半室化する工事が昭和62年に実施され、本形式が登場しました。100番代となった理由は、昭和49年に四国地方で既に登場していた為(1両が登場し、昭和55年に消滅。)で、種車はモデルチェンジ車の後期車(雨樋の高さを下げたグループ)となっています。
改造は0番代に近く、客室中央部に仕切り壁、引戸を設け、普通席をボックスシートに変更。この改造により、普通席側の窓を小型の固定窓に変更しています。

キハ56系(酷寒冷地用(北海道)グループ)
キハ58系の酷寒冷地向けのグループで、キハ56系とも言われています。1950年代の北海道の主要幹線の急行列車は蒸気機関車牽引による客車列車であり、非常に時間を要するものでした。この頃、本州では気動車が勢力拡大をしていましたが、特殊な耐寒・耐雪構造を施す必要のある北海道向けの車輛は多く製造される事が無く、車輛不足が慢性化し、幹線においての輸送力はひっ迫していました。
昭和32年に北海道初の気動車による優等列車が運転されますが、暫くは普通列車用の気動車で賄われる事になります。話は少し戻り、昭和31年に準急列車用のキハ55系が登場。全国に準急列車ネットワークを構築し、北海道でも運転される事になります。しかし、耐寒・耐雪構造が施されておらず、運転は夏季のみで、冬季を前に本州へ返却されていました。昭和35年に札幌~函館駅を結ぶ、北海道初の気動車急行「すずらん」を運転。(夏季はキハ55系、冬季はキハ22系で運転。)長距離における気動車の有用性を強く認める事になりました。
キハ55系の準急列車網は成功を収め、急行列車も気動車化を促す結果となり、キハ55系のグレートアップ仕様としてキハ58系の計画が始まりました。その際に酷寒冷地用も含まれており、輸送力がひっ迫している北海道向けが真っ先に製作されました。それがキハ56系となります。

キハ56 23(2位側) キハ56 103(2位側)

キハ56 1~47
昭和36年に登場した初期形で、キハ58形式0番代に相当する2基エンジンを搭載している車輛です。1~5番は先行試作車となっています。
キハ56 101~151
昭和38年に登場したグループで、長大編成対応車のグループ。キハ58形式400番代に相当します。

キハ56 204(1位側) キハ27 11(2位側)

キハ56 201~217
昭和43年に登場した最終増備車のグループです。キハ58形式のマイナーチェンジ車である1100番代、1500番代に相当します。冷房化準備工事は施されていましたが、改造の種車になった車輛を除いて、冷房化された車輛は1両もありませんでした。
キハ27 1~56
昭和38年に登場した1エンジン搭載車で、キハ28形式0番代に相当します。1~12番は先行試作車で、車体断面形状が量産車と異なり、裾絞りが直線的、前部標識灯や前面の通風口が内側に設置等の特徴があります。写真は小樽市総合博物館に保存されている、先行試作車の唯一の現存車で大変貴重なものです。

キハ27 107(2位側) キロ26 104(2-4位側)

キハ27 101~129
昭和38年に登場したグループで、キハ28形式300番代と同じ長大編成対応車です。最終増備車では200番代(201~217番)が登場しており、パノラミックウィンドゥを持つスタイルとなっています。
キロ26 101~107
昭和38年に登場したグループで、キロ28形式100番代に相当します。101~103番はキロ26形式0番代と同じ仕様で非冷房、104~107番は冷房化準備工事仕様で、強制通風装置を備えています。

キハ53 502(2位側) キハ53 506(1位側)

キハ53 501~510
昭和61年にキハ56形式を両運転台化改造を行ったグループです。形式として、キハ23形式にも存在していますが、こちらのキハ53形式とは無関係です。同様にキハ58形式を両運転台化したキハ53形式200番代がありますが、この500番代に似た趣旨で改造。JR西日本に存在した1000番代は輸送効率を目的としたものです。
国鉄末期、北海道には1両でエンジンを2基搭載した車輛は無く、キハ22形式やキハ40形式等在籍する車輛は1基エンジン車のみでした。急勾配路線でも普通列車はこれらを使用して運転していました。(勾配区間では辛うじて登坂するも、著しい速度の低下は避けられませんでした。)冬季の降雪時には排雪抵抗が増し、1両では運行が難しくなります。この為、1両で十分な輸送量を確保出来るにもかかわらず、2両編成以上で運転を行う不経済な運用が行われ、問題となっていました。そこで、解決策として本形式が登場しました。
改造は種車となるキハ56形式(エンジンを2基搭載)の後位側に別のキハ56形式又はキハ27形式の運転台を接合し、両運転台化しました。接合した運転側にデッキから出入りするタイプのトイレを新設、トイレ部分に相当する客席内の部分をロングシートに変更。水タンクも室内に設置しました。504~506番以外は車体側面に雨樋縦管が設置されています。

キハ53 502(4位側) キハ53 508(4位側)

キハ53 501~510
このグループの珍車として知られていたのが「502番」です。種車の後位側に設置した運転台が先行試作車の2番ですが、裾部の絞り形状が異なっている為、微妙にずれた形となっていた他、先行試作車特有の前部標識灯が内側に寄ったスタイルとなっていました。

キハ58系の改造車(ジョイフルトレイン)は右の文字をクリックして下さい。 →キハ65形式を見る




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